ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

「こんなはずではなかった」と波に消えていった人々
NPOの調査が物語る“避難行動崩壊”の虚しい実態

――松尾一郎・NPO法人環境防災総合政策研究機構理事のケース

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第7回】 2011年10月4日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 連載6回まで取材を続ける中で、私には腑に落ちないことがあった。それは、住民らの震災当日の「避難行動」である。

 被害の大きかった三陸地域は、古くから「津波常襲地帯」と言われてきた。住民たちは、津波の来襲に敏感であったはずだ。ところが、3月11日の住民の行動を調べると、避難が遅れたケースが目立つ。各地域の県庁、市役所、町役場、学校、幼稚園などの避難への対応も、鈍い場合が少なくない。

 これらの理由を分析することなく、「避難しない人に問題があった」、さらには「大震災だから死者が出たのは仕方がない」と締めくくってよいものだろうか。私は、住民の避難行動の背景にあるものを知りたかった。

 そこで、NPO法人環境防災総合政策研究機構の理事を務める松尾一郎氏に取材を試みた。松尾氏は自然災害の実証的な調査研究や、防災についての現実的な視点での提言を続けてきた。今回の震災でも、その直後から精力的な調査をしている。


テレビ、電話、メール、防災無線までダウン
広範囲でトラブルを招いた「不運の停電」

NPO法人環境防災総合政策研究機構の松尾一郎理事。被災地の住民たちの避難行動を詳しく分析し、様々な視点から今後の防災への教訓を提言している。

 「2万人近くの人が亡くなり、行方不明になった。大きな被害をもたらした理由の1つには、停電がある。あの日、地震発生の直後に発生した停電は広範囲にわたった」

 松尾氏らの調査・分析によると、3月11日午後2時46分に起きた地震の後、東北地方は約440万世帯が停電した。この時点で、いくつものトラブルが広い範囲で起きたという。

 「テレビや固定電話は使えない。自治体が住民に向けて発信する防災無線すら、十分に機能しないケースがあった。携帯電話はかかりにくくなり、メールの送受信もスムーズにできないところもあった」

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

震災から5ヵ月以上が経った今、私たちはそろそろ震災がもたらした「生と死の現実」について、真正面から向き合ってみてもよいのではなかろうか。被災者、遺族、検死医、消防団員、教師、看護士――。ジャーナリストとして震災の「生き証人」たちを詳しく取材し続けた筆者が、様々な立場から語られた「真実」を基に、再び訪れるともわからない災害への教訓を綴る。

「「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史」

⇒バックナンバー一覧