「経済学のマザーテレサ」「経済学の良心」として名高く、アジア人として初めてノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン教授。その研究の範囲がノーベル経済学賞に収まりきらないことから、同賞受賞者の中でも異色の経済学者と言われている。そのセン教授は「戦後の日本の経済成長はアジアのモデルとなった」と日本の成長モデルを高く評価し、ハーバード大学の授業でも度々日本について教えているという。セン教授に日本の成長モデルの強みと今後の日本経済について語っていただいた。話題の新刊「ハーバード日本史教室」からお送りする。(2017年4月24日、ハーバード大学にてインタビュー)
佐藤 セン教授は、様々なメディアで「日本の経済発展モデルは韓国、台湾、シンガポールなどアジア諸国の模範となった」と述べていますが、なぜアジア諸国はアメリカではなく日本を模範にしたのでしょうか。
セン それには二つ理由があります。一つめは日本がアジアの一国であり、文化的に近いこと。それからもう一つが、日本が「国民の教育水準を高めれば、実際に社会や経済をよい方向に変えることができ、そしてそれは短期間でも実現可能である」ということを証明してくれたことです。
19世紀後半、アメリカの著しい経済成長を見て、世界の人々は「アメリカはなぜこれほど進んでいるのか。アメリカ人にあって、我々にはないものは何だろうか」としばしば考えるようになりました。明治維新を牽引し、明治政府をつくった日本人リーダーたちも同じことを考えていました。
私は、著書「アイデンティティと暴力:運命は幻想である」の中で、明治維新の功労者、木戸孝允の言葉を引用して、当時の人々の考え方を説明しました。木戸は「決して今日の人、米欧諸州の人と異なることなし。ただ、学不学にあるのみ」と述べています。つまり「アメリカ人もヨーロッパ人も、私たちと同じ人間であり、日本人と差異があるわけではない。要は教育の問題なのだ。我々の教育水準がまだ不十分なのだ」と言っているのです。