2018年、日本は明治維新から150年を迎える。その明治維新について初めてハーバード大で本格的に研究したのがアルバート・クレイグ名誉教授だ。そもそも明治維新はなぜ長州と薩摩からはじまったのか。明治維新がこの国にもたらした影響とは何か。話題の「ハーバード日本史教室」より、日本人として身につけておきたい「教養としての明治維新」を紹介する。(2017年4月21日 マサチューセッツ州ケンブリッジにてインタビュー)

佐藤 クレイグ教授は長年、明治維新において長州藩が果たした役割について研究をされてきました。そもそも。なぜ長州と薩摩は、明治維新の原動力となったのでしょうか。

アルバート・クレイグ名誉教授

クレイグ 幕末の倒幕運動の根底にあるのは、徳川幕府体制に対する長年の恨みです。1600年の関ヶ原の戦い以来、外様藩は、領土を減らされ、幕府から冷遇されていました。江戸時代、外様藩の多くは力を失っていきましたが、経済的に繁栄した藩もありました。それが長州と薩摩です。この2つの藩が明治維新を成就させる大きな原動力となったのも、積年の恨みに加えて、経済力と軍事力(武士)の両方を備えていたからです。つまり「藩のサイズ」が大きかったのです。

佐藤 たとえば全国の藩と比較すると、どのぐらいのサイズだったのでしょうか。

クレイグ 幕末期、薩摩の表高(藩に届け出ている石高)は77万石(全国2位)で、長州の表高は、37万石(9位)です。ところが実高では、薩摩は87万石、長州は71万石となります。長州に関しては実高が100万石ぐらいあったという説もあります。

◆幕末の石高ランキング

出典: Albert M. Craig “Chōshū in the Meiji Restoration” Harvard University Press. 1961.p.11(各種データよりアルバート・クレイグ氏作成、筆者訳、一部修正) 拡大画像表示