AIがあらゆる職場に浸透する日も遠くないかもしれません。そんな時代に、私たちに何よりも必要とされるのが「自分の頭で考える力」です。ベストセラー『地頭力を鍛える』で知られる細谷功氏が、主に若い世代に向けて「自分の頭で考える」とはどういうことかについて解説した最新刊『考える練習帳』。本連載では、同書のエッセンスをベースに、「自分の頭で考える」ことの大切さとそのポイントを、複眼の視点でわかりやすく解説していきます。

考えるとは「知識の価値観を捨てる」こと

 知識の価値観でやればやるほど、「考える力」を阻害する

 本連載のテーマである考える力(思考力)と並んで人間の知的能力の両輪と言ってもいい「知識」ですが、ここに大きな罠が潜んでいます。基本的に知的能力が高い(=いわゆる「頭がいい」)人は、これらを両方兼ね備えていることが多いです。

 しかし、別の側面として、知識を重んじる価値観やものの見方というのは思考力とは全く異なり、ある場合には正反対になっていることがあります。

 つまり、知識の価値観でやればやるほど思考力、つまり「考える力」を阻害することがあるのです。

「欧米に追いつけ追い越せ」を見事に実現した日本社会では20世紀のこの成功パターンに基づいた知識偏重、画一的な教育モデルが支配的でした。そして、これを引きずった形での価値観が社会にあまねく染み渡っていました。

 ところが、このような考え方は「考える力」を養うためには、ことごとく、いわば「負の遺産」となって立ちはだかります。

 相変わらず日本社会では「たくさんの知識を持っている≒頭脳が優秀である」という認識が大勢を占めています。

 テレビのクイズ番組等でも、知識量を披露すると「あの人は頭がいい」ということになります。そもそもテレビのクイズ番組自体が、正解がある問題で優劣を決めるスタイルがほとんどですが、それは大多数の人にとってその方が面白い=今の価値観に合っているからです。

知識の量ではAIには勝てない

 ところが、実はこの手の知識量を問う問題だけであれば、とっくにAIとの勝負はついています。IBMが開発した人工知能のWatsonは、アメリカのクイズ番組Jeopardy!で人間のチャンピオンをとっくに(2011年2月16日)打ち負かしてしまっているからです。

 少し考えればわかりますが、知識量を問うだけなら「世界中の最新情報をすべて知っている」コンピュータに敵うわけがないのです。

 もちろん既に勝負がついた囲碁や将棋でも人間同士が対戦する意味はありますから、そのこと自体を否定しているわけではありません。

 ただし、囲碁や将棋、あるいはクイズ番組のような、あくまでも「人間同士で決着をつける」ゲーム性のあるものは、それでいいとして、ビジネスのように「とにかく最善の解決策がほしい」という場合には、機械の力を借りた方がいいことは自明です。

思考力の世界では、知らないことが強みになる

 知識と思考の世界の比較を、以下の図に示します。

考えるとは「知識の価値観を捨てる」こと

 図表の項目は、本連載の他のメッセージと重なっていることも多いかと思います。

 知識は基本的に過去のこと、対する思考というのは「これからどうなるか?」という未来に向かって、わからないことに思いを及ぼす場面が圧倒的に多くなります。過去のことは基本的に確定していますから、正解もやり方も1つというのが知識の世界です。

 それに対して、思考力の世界は、答えもやり方も1つには限定できないし、そもそも正しいとか間違っているという概念自体が薄いのが思考の世界です。知っていることが強みであるのが知識の世界であるのに対して、知らないことが強みになることがあるのが思考力の世界です。

 何かについて知っているというのは、新しいことを学んだり考え出したりするときには障害になることがあります。それは、ここまで再三お話ししてきたように、人間は知っていることをベースにしてしか考えられないために、どうしてもそこにバイアスがかかってしまうからです。

 先に述べたバイアスを取り去って考えることのうちで最も難しいのが、この「知っていること」に対するバイアスと言ってもいいでしょう。

細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント、著述家
1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業。東芝を経て、日本アーンスト&ヤングコンサルティング(株式会社クニエの前身)に入社。
2012年より同社コンサルティングフェローに。ビジネスコンサルティングのみならず、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の企業や各種団体、大学などに対して実施している。
著書に『地頭力を鍛える』『まんがでわかる 地頭力を鍛える』(以上、東洋経済新報社)、『「Why型思考法」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)などがある。

※次回は、11月24日(金)に掲載予定です。