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日本一のチームをつくる
【第1回】 2011年11月14日
著者・コラム紹介バックナンバー
藤井純一 [北海道日本ハムファイターズ前代表取締役社長]

「自転車で20分の範囲」を味方につける!
"先行者"に挑む赤字クラブでの挑戦ーーセレッソ大阪

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今年3月に北海道日本ハムファイターズ社長を退任した藤井純一氏。昨年のドラフト会議で一躍注目を浴びた彼は、プロ野球とJリーグの両方で社長を務めた初めての人物でもある。この稀有な経験とそこで得た成功則を本人が語る新連載。第1回は、スポーツビジネスに足を踏み入れるきっかけとなったJリーグクラブ、セレッソ大阪での軌跡。

セレッソ大阪との出会い

 スポーツビジネスの仕事に就くなどとは、思ったこともなかった。球技はもともと苦手で、サッカーに関しても野球に関しても、知識はほとんどなかった。

 私のキャリアは食品会社の一社員として始まった。大阪に本拠地を置く日本ハム株式会社の営業マン。20代、30代はトラックで関西一円をかけずり回り、ひたすら商品を売った。その後営業企画部を経て、宣伝部に移り、CMその他の宣伝媒体の製作に携わった。

 当時の私の関心は常に、いかに低コストで高いパフォーマンスを挙げるかにあった。ソロバン勘定に抜け目のない関西ビジネスマンの典型だったと言っていい。あのころの私の眼には、社の持つスポーツチームは「お荷物」としか映らなかった。

 そう、当時東京にあった日本ハムファイターズに対しても、
「うちの会社、あんな赤字ばっかりの野球チーム持ってどうするんやろ?」
「あんなんやめて、金をこちらに回してくれたらもっといいCM作れるのに」

  と、思っていたのである。

 その考えが変わっていく最初のきっかけは、92年に訪れた。宣伝のトップとして「スポンサーを務められるようなスポーツを見つけてくるように」と上からお達しがあったのだ。東京にファイターズがあるならば、本拠地である大阪にもプロスポーツクラブを持ち、地域の活性化に一役買いたい、という方針を社が固めたのだ。

 その矢先、思わぬところからオファーが来た。ヤンマーディーゼル(現・ヤンマー)株式会社から、Jリーグ参画の誘いを受けたのである。のちの「セレッソ大阪」の前身である。紆余曲折を経て、私は取締役事業部長としてセレッソ大阪に赴いた。

 セレッソに入って最初に気になったのは、社員たちの当事者意識の希薄さだった。いわゆる「親方日の丸」体質というやつである。「もう少し経営面にも目を配ろう」と訴えてもなかなか通じない。

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藤井純一 [北海道日本ハムファイターズ前代表取締役社長]

1949年大阪府生まれ。近畿大学農学部水産学科卒業後、日本ハムに入社。京都・奈良の営業所を経て、本社へ。営業企画、広告宣伝を経て、1997年、Jリーグクラブのセレッソ大阪(大阪サッカークラブ株式会社)取締役事業本部長に就任、2000年に同社代表取締役社長。
一旦本社に戻った後の2005年、株式会社北海道日本ハムファイターズ常務執行役員事業本部長に就任。翌年より代表取締役社長。日本一(2006年)という成績面だけでなく、経営の黒字転換、本拠移転からの地域密着という難しいミッションを中心的に進めた。現在は、近畿大学経営学部教授。


日本一のチームをつくる

2004 年、日本ハムファイターズは、本拠地を札幌ドームへ移転した。そのファイターズに黒字転換と地域密着というミッションをもって送り込まれたのが、以前にJ リーグのセレッソ大阪の社長を務め、赤字だったクラブの経営を軌道に載せた藤井純一である。
彼はセレッソ大阪での経験を生かし、様々なアイデアを繰り出した。その裏でコスト削減にはより厳しい目を持った。その結果、2006 年以降、観客動員数は160 万人、183 万人、187 万人、199 万人と増え続けた。そして、2006 年の日本一を経て、チームも強豪に変貌した。
本稿では、藤井氏が北海道日本ハムファイターズで地域密着のミッションを成功させた軌跡、それを支えたセレッソ大阪での経験の一部を紹介する。

「日本一のチームをつくる」

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