「相手が明らかに暴力的だと感じた時ですが、まともに相手をするというのも、相手にしないというのも良くない。走行中に突っかかられたときは、相手の気が済むように、あなたが偉いですよ、私は降参しましたというメッセージを運転で出す。肝心なのは、相手の頭に血が上る前にそれをやること。これで相手が去らなかったということは、私の場合一度もないです。部下にも、道路交通法や社内の規則を守っているんだから『自分は正しい』という意識を絶対に持つな、大型を転がしていると気が大きくなりがちだから気をつけろ、と口をすっぱくして言っています」

 繰り返しになるが、このように「明らかにどうかしている」というドライバー相手のロードレイジは、「世の中どんな奴がいるか、わかったものではない」という、自分の心の持ちようで相当回避できるものだろう。

 もっとも、ロードレイジはそれだけではなく、普通の人たちの間でも起こる。こっちのほうが体感的には厄介である。

 日米欧をドライブしていて、明らかに“善良な市民”と思われる者同士の競り合いが一番多いと感じるのはどこか。実は、一番血の気が少なそうな日本である。

 渋滞時に合流で小競り合いをするクルマ。高速道路でスピードの速い車線を進路妨害同然の速度で死守するクルマと、それに煽りを食らわせるクルマ。片側1車線道路をノロノロ運転し、後ろを散々にイラつかせるクルマ……。ロードレイジに発展するのはそのうちごく一部だが、現在問題視されている「あおり運転」のネタは道路にあふれ返っている。

過密状態になると
人間は頭に血が上る

 これらの問題は、頭に血を上らせた側の交通道徳のなさに起因するものとして、切り捨てられる傾向が強い。

 だが、それは科学的な態度ではない。満員の通勤電車で「押した」「押さない」といったことでしょっちゅう揉めごとや喧嘩が起きているのを見れば一目瞭然なように、人間とはそもそも、過密状態になるとイライラして頭に血が上る生き物のようだ。