10月末、1月に政権が崩壊したチュニジアで選挙が行われ、穏健派イスラム政党のナフダが第1党となった。同様に2月に政権崩壊へと至ったエジプトも選挙戦へ突入しており、11月28日に投票が行われる予定だ。「アラブの春」と呼ばれる中東・北アフリカで広がった今回の民主化要求運動。リビアでは10月20日にカダフィ大佐が殺害されるまで武力による衝突が続いたが、チュニジア、エジプト両国においては、「暴力的に政権を転覆させない限り、既存の権威主義体制は生き延びる」というアラブ政治の通説を根底から覆すような平和裏な形で政権崩壊が実現した。一体、この「新しい民衆革命」の勃興はどのような意味を持つのか。また、この民衆革命を経て、今後の中東・国際情勢は安定化するのか。『<中東>の考え方』などの著書もある東京外国語大学・酒井啓子教授に話を聞く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 原英次郎、林恭子)

エジプト、チュニジアと
リビアの違いは何か

――今年初め、強靭と思われていたチュニジアとエジプトの長期政権が反政府デモにより突如崩壊した。同じくデモが発生しながら政権崩壊までに長い時間を要したリビアと両国には、どのような違いがあるか。

次の注目はイエメンと、シリア<br />湾岸諸国は団結して運動弾圧姿勢を保つ<br />――東京外国語大学・酒井啓子教授に聞くさかい・けいこ/東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業後、アジア経済研究所に勤務。24年間の同研究所在任中に、英国ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)で修士号取得。1986~89年、在イラク日本大使館に専門調査員として出向。2005年より、現職。専攻はイラク政治史、現代中東政治。おもな著書に『イラクとアメリカ』(岩波新書、アジア・太平洋賞大賞受賞)、『<中東>の考え方』(講談社現代新書)など。

 今回起きたアラブの民衆革命は、権威主義的な長期政権に対する反発、あるいは民主化を求めている点で、根本的な要因は共通している。だが、運動の展開は、各国が元々抱えていた事情により、大きく異なっている。

 旧政権が早期に崩壊したエジプトやチュニジアは、権威主義体制の長期政権が築かれていたが、比較的他のアラブ諸国より情報の自由や、形式的でも議会制度が認められてきた国だ。また、国際社会との協調、親欧米路線をとってきた旧政権も、暴力的手法を嫌う国際社会の目を無視することはできず、武力によって反政府勢力の「運動」を抑えることが難しい環境にあった。

 そうしたなか、エジプトでは政権根底から替えるのではなく、反政府組織が国の「体制」を支える支配エリート層とともに、最高権力者であるムバラク大統領ひとりを打倒する手法をとったことで、比較的短期間で平和裏な形での政権交代に至った。

 それに対して、リビアでは国民の政治参加システムを一切制度化せず、未だ政権崩壊に至っていないシリアでは一応形式的な選挙はあるものの国民の意見を代表しているのではなく、両国ともに体制内で組織的な政党活動を行う余地もない、厳格な情報統制が徹底されている国だ。さらに、国際社会の眼を考慮して暴力的鎮圧を自制するというメカニズムはあまり機能しない。そのため、デモを行った反政府組織に対しても武力に依存して弾圧しようとし、被害が拡大した。

 こうした違いが、政権崩壊までの時間的差異を生んだといってよいだろう。