日馬富士の貴ノ岩関に対する暴行問題で真に議論すべきは、人間関係のもつれよりも、スマホやSNSではないか。いつでもどこでもスマホをいじる人々は、今や社会のいたるところに見られる(写真はイメージです)

日馬富士暴行事件で
真に論じるべきは「スマホ中毒」

 大相撲の元横綱・日馬富士の貴ノ岩関に対する暴行問題が、いまだに尾を引いています。連日報道が続くなか、論点は暴行問題から、貴乃花親方と相撲協会の対立、さらには日本人力士が重視する相撲道とモンゴル人力士が重視する勝ち負け優先の勝負観の対立へと、どんどん発散している観があります。

 そこで、発散ついでではありませんが、まったく違った観点から、今回の暴行問題を考えてみたいと思います。最大の悪者は人間ではなく、スマホではないかという観点です。

 報道によると、白鵬が説教している最中に貴ノ岩が彼女からの連絡でスマホをいじったことに日馬富士が激怒して、暴行に及んだそうです。また、貴ノ岩の態度が悪かったので、同席していた力士たちもすぐには暴行を止めに入らなかったそうです。

 こうした報道からは、横綱の説教の最中にスマホをいじるのはよくないけれど、だからといって暴力を振るうのは論外、というシンプルな結論になってしまいます。しかしここで、なぜ貴ノ岩は目上の人に説教されている最中にもかかわらず、スマホをいじったのかを考えなくてはいけません。

 ステレオタイプな考え方をすると、今の若者はいつでもどこでもスマホをいじるのが当たり前と思われがちですが、実際にはそこまで単純な話ではないように思えます。

 というのは、彼女からの連絡があり、貴ノ岩がそれに反応してスマホをいじったのはスマホ中毒による行動、しかも貴ノ岩本人の意思に基づく行動というよりも、スマホやそれに関連するSNS(ソーシャルメディア)などのサービスによって中毒にさせられてしまった結果としての、無意識の行動だった可能性もあるからです。