しかし、国民に団結を求めることは国民の平等志向を刺激し、必然的に福祉国家のレールが敷かれることになったわけです。

日本でも戦時中にできた
社会保障制度が基盤に

 実は、日本でも同じ傾向が見られます。厚生省(現在の厚生労働省)が発足したのは日中戦争開始1年後の1938年であり、徴兵される国民の体力低下を懸念した陸軍が「体力向上を進めるため、専門の省庁が必要」と主張したのが一つの契機でした。

 さらに敗戦までの間に厚生年金などが制度化されており、厚生省OBによって書かれた『日本医療保険制度史』が「戦前に作られた多くの制度や法律が廃止された中で、社会保険制度は生き残り、徐々に再建・再生された。我が国の社会保険制度は大正から昭和の不況や戦争が生み育て、残したプラスの遺産の一つと言ってよい」と書いている通り、戦時中にできた制度は戦後の基盤となっています。

 殺人という非人道的な行為を組織的かつ効率的に進める戦争と、病人や障害者、貧しい人の人権を保障する福祉国家。一見すると縁遠いように思うかもしれませんが、その草創期には「総力戦体制」というフィルターを通じて不思議な相性の良さを見せたのは事実であり、国民の団結を描いた『ダンケルク』にも一端を見ることができます。