わたしたちが「お金は汚い」と考える理由とは?写真はイメージです

作家であり、金融評論家、社会評論家と多彩な顔を持つ橘玲氏が自身の集大成ともいえる書籍『幸福の「資本」論』を発刊。よく語られるものの、実は非常にあいまいな概念だった「幸福な人生」について、“3つの資本”をキーとして定義づけ、「今の日本でいかに幸福に生きていくか?」を追求していく連載。今回は「お金と幸福」について考える。

プレゼントの代わりに現金を渡すとびっくりされる

 金融資産、人的資本、社会資本の3つをすべて備えた「超充」の人生のポートフォリオは、理想ではあるものの実現不可能だと述べました。ここではその理由を、政治空間(愛情空間)と貨幣空間の対立から説明します。

 私たちは、無意識のうちに「お金は汚い」と思っています。しかしなぜ、このような奇妙な感情を持つようになったのでしょう。お金がなければ生きていけないことをみんな知っているはずなのに。

 それは、お金が愛情や友情といった大切な価値を破壊するからです。

 友だちの家に招かれて、プレゼントの代わりに現金を渡せばびっくりされるでしょう。恋人とのデートで、セックスの後に3万円払えば売春になってしまいます。3万円の指輪をプレゼントすれば、すごく喜ぶのに。

 これは、プレゼントを選ぶ過程に愛情が込められている、とされているからです。だから私たちは、お中元やお歳暮を贈るときも、現金をわざわざ商品券に換えたりします。儀礼的な贈答に愛情など関係ないし現金を渡せばどの店でも使えるのに、わざわざ不便にしているのです。

 もちろん、私たちは現金を受け取ることを拒否しているわけではありません。そればかりか、給料が減ったとか年金が破綻するとかで大騒ぎしています。お金は欲しいけど、お金を贈られたら怒り出す。──それは私たちの社会に、「愛情や友情に金銭が関与してはならない」という暗黙のルールがあるからです。