賃金は「人への投資」
人件費をコストと考えた失敗

 バブル崩壊後の時代は、「ボーダーレス」から「グローバル競争」へ、国際的な価格競争が強まった時代でもありました。また、バブル期に抱え込んだ負債を整理するためにも、コスト抑制が強く求められ、株式市場では外国人投資家の存在感が大きくなり、アメリカ流経営がグローバルスタンダードと見なされる風潮も強まりました。

 一般的な日本企業は、企業内で共有される価値観を職能賃金の中に集約し、長期的に人材を育成していく方針を持っていましたが、そうした仕組みへの自信は、次第に揺らいでいきました。

 バブルの形成と崩壊という大きな失敗をおかしたことは、日本人の自信喪失につながった面があると思います。

 こうした中で、総額人件費をコントロールするための新たな論理を提供した、先の日経連のレポートは大きな影響力を持つことになりました。

 しかし、人が働くということを、コストのレベルに還元してしまったこと、また、そうした市場価値のレベルでしか経営の議論ができなかったことは、日本の経営者の失敗であったと言わざるをえません。

 経営にとって、もちろんコストの管理は重要ですが、いかに付加価値を創造するかも重要な経営目標であり、働く人たちの継続的な能力形成や付加価値創造能力の向上は、経営の中にしっかりと組み込まれる必要があったのです。このことは、それぞれの企業の創業の理念や歴史的な存立基盤と大きなかかわりがあるはずです。

 そうした人材育成のための仕組みに十分な配慮もせず、ただコスト削減に走れば、付加価値創造能力が劣化していくことは必然であり、さらなるコストの抑制が求められ、とめどもない悪循環へと陥っていくことが避けられなくなってしまうのです。

米ソ冷戦構造の終結
日本的雇用慣行の“改造”に動く

 「日本的経営」の良さを忘れ、しかも、「雇用ポートフォリオ」などといった絵空事を使ってまでして、賃金・雇用慣行の改造に乗り出したことは、経営側に大きな責任がありました。

 しかし、その責任を経営側だけに帰すことも、公平ではないように思われるのです。