90年代は、米ソ冷戦構造終結の時代であり、経済学の世界では、市場の自動調節機能を前提とする、新古典派経済学復権の時代でもありました。「労働市場」という分析装置を用いて雇用や賃金を説明しようとするエコノミストが多数、輩出されました。

 賃金は市場で決まるという「労働市場論」の語り方は、バブル崩壊後に賃金に手をつけようとした経営者には都合のいい論理を提供しました。

 もちろん、「労働市場論」に乗った経営者の不見識は問われる必要がありますが、そうした論理を生み出し押し広げた経済学に、何の責任もないとは思えません。

 90年代の労働経済学者たちの活動拠点はパリのOECD(経済協力開発機構)でした。92年に労働市場研究というプロジェクトが立ち上がりましたが、ソ連崩壊に伴い、東欧諸国は、雪崩を打ってOECDに加盟を申請し、自由主義市場経済体制に移行していきました。

 こうした状況で、OECDが西側諸国のシンクタンクとして、大いに自信を深めたことは想像に難くありません。

 新古典派経済学の復権に伴って、政府による総需要管理政策や所得再分配によって市場経済を修正しようとするケインズ経済学は後退し、福祉国家を解体しようとする力が増えました。

 日本の労使関係者は、ナショナルセンターも含めて、冷戦終結後の歴史的構図を見破ることができず、論壇で勢いを増す新古典派経済学者の言説に受け身に終始し、有効な手だてを打つことができなかったのです。

金融の異次元緩和で輸入物価上昇
実質賃金は低下

 間違った経済学は、社会を破壊する危険を持っています。

 今まで見た第II期の危険もさることながら、賃金を削って利益を増やす第III期への移行は、経済学と経済政策がさらなる危険をおかしていることを示しています。

 実質賃金の低下は、物価の上昇によって生み出されました。金融の異次元緩和により、すでに大量の貨幣が供給され、「円安」が誘導されています。このため、輸入物価や資源価格の上昇へとつながり、国内物価の上昇によって、労働者の実質賃金は低下へと向かったのです。