相手をリスペクトしつつ、ピリッと「権力」を効かせる

 では、その後二十数年をかけて、なぜリーダーシップを確立できたのか?
 その最大の要因は、当初から一貫して、ブリヂストンの「実力」を示し続けるという姿勢を堅持したことにあると、私は考えています。

 当初、ファイアストンの人事への権力的介入を最小限に留めたことなどに対して、外部の目からは生ぬるい印象もあったようですが、それも承知のうえで、家入さんは現実的な路線—すなわち、時間がかかっても「実力」を示しながらリーダーシップを確立する—を敷きました。

 常に相手に対するリスペクトを示しつつも、資金調達、素材技術、製品開発技術、生産技術、品質管理、販売などあらゆる領域で、ブリヂストンの有するノウハウをもって、ファイアストンが抱えている問題を着実に解決していく。その繰り返しによって、時間をかけて統合を進めていこうと考えたわけです。

 もちろん、「穏当路線」だけで統合が進んだわけではありません。
 実は、家入さんも「穏当路線」に終始していたわけではありません。ある日、「ファイアストン経営陣のキーパーソンに更迭を言い渡すから、お前も陪席するように」と言われたときのことは忘れられません。買収直後の混乱気味のファイアストンで柱になっていた経営幹部を前に、家入さんは全くひるむことなく毅然と更迭を宣告。最小限に留めはするが「必要な権力行使は断固やる」と明確に示したのです。

 いわば、相手に対するリスペクトを示しつつも、ピリッと「権力」を効かせたわけです。ここに、家入さん一流の手腕を見る思いがしたものです。

 また、家入さんの後継CEOの「剛腕」もファイアストンの再建に大きな貢献をしました。ファイアストンの経営体制を権力的介入によって刷新したほか、事業立て直しに尽力し、長年赤字体質だったファイアストンの黒字化を成功させたのです。しかし、その後、ファイアストンにリコール問題が発生。新たな後継CEOがその問題を解決するとともに、再び「穏当路線」に回帰。そのうえで、私にバトンを渡してくださいました。

 このように、ブリヂストンは、ときに権力的なアプローチで経営刷新を行いつつも、基本的には穏当に「実力」を示し続けることに徹してきました。だからこそ、権力的介入で起きる軋轢を最小限に抑えることができたのだと、私は見ています。

 そして、そのプロセスで、ファイアストン・サイドも、明らかにブリヂストンのほうが「実力」があることを認めざるを得なくなった。両社の経営陣・社員の交流や一体化も進んでいった。その結果、ファイアストンが抱えていた問題を一つひとつ解決しながら、あらゆる部門で両社の融合が進み、異文化のハイブリッド・グローバル・カンパニーが出来上がったのです。

 この二十数年にわたる統合プロセスを、間近に見ることができたのは、私にとって大きな財産となりました。基本的には、「権力」ではなく「実力」でリーダーシップの所在を示す。これこそが、平和裏にリーダーシップを確立する最善の方法であることを学んだからです。

 世の中には、いわゆる“マウンティング”によってリーダーシップを示そうとする人物もいますが、そんな手法によってつくられたリーダーシップなど脆く危ういものです。相手に対してリスペクトを表明しつつ、「実力」を明示することによってこそ、本物のリーダーシップを確立することができるのです。