日本史のおもしろさは、ずばり「人」にあります。
何か「すごい」ことを成しとげた人は、歴史に名前が残ります。でも「すごい」だけの人なんて、この世にひとりもいません。むしろ、ものすごい失敗をしたり、へんな行動をしたりして、まわりから「やばい」と思われているような人が、誰にもできない偉業をやってのけていることもあります。だって、人生は長いのです。いい日も悪い日もあるし、年とともに変化だってあります。いろんなことを考え、行動し、ときに失敗し、そこから学び、たまに成功する。カッコいい一面もあれば、ダサい弱点もある。
だからこそ、人はおもしろいのです!
「すごい」と「やばい」の二面から、日本史の人物の魅力に迫る『東大教授がおしえる やばい日本史』から、今回特別に内容を一部お届けします。

すごい土方歳三 新選組を率いて江戸幕府のために最後まで戦った

 時代が江戸から明治にうつるとき、彗星のように現れ、幕府を守るために戦って消えていった新選組。その実質的なリーダーで「鬼の副長」とおそれられたのが、土方歳三です。

新選組副長「土方歳三」が、どうしても自慢したかった事とは?「やばい」から、日本の歴史が見えてくる!

 歳三が18才のとき、ペリーが黒船で日本にやってきました。しかし幕府はオロオロするばかりで、ついに外国のいいなりになって不平等な条約を結んでしまいます。

 それに怒った武士たちが「もう幕府はいらない!」と立ちあがったのです。かれら「倒幕派」によって幕府の重要人物が次つぎに暗殺されていきました。

 これにあせった幕府は「14代将軍を倒幕派から守る強いヤツ募集! 身分は問いません!」と告知を出します。

 裕福な農家に生まれ、武士にあこがれて剣術の道場で腕を磨いていた歳三にとって、これは願ってもない話。告知を見るや「やっと武士になれる!」と、道場仲間とともに京都へ向かいました。

 こうして集まった新選組の初期メンバーはわずか24人。当初は「田舎者の集団」とバカにされましたが、多くの倒幕派をつかまえた「池田屋事件」で一気に有名になり、最大200人にまで増えました。

 しかし、すでに力を失っていた幕府は、その3年後に政権を天皇に返してしまいます。

 それでも新選組は幕府のために、薩摩(鹿児島)・長州(山口)・土佐(高知)・肥前(佐賀)を中心とした新政府軍と戦いますが、次つぎとメンバーが戦死。歳三は仲間たちと北海道に新しい国を作ろうとしますが、35才の若さで戦死しました。