「要するに、『歳をとると、脳は成長しなくなる』というのは完全な俗説なんじゃ。何歳になろうとも、人は学習や記憶を通じて、自分の脳を成長させていくことができる。結局のところ、脳の成長のために適切な行動をとるか、それとも、何もしないまま老化するに任せてしまうかの違いだけなんじゃよ」

「そうなんだ……大人の脳も意外と〝打てば響く〟んですね」

「そうじゃ。これを脳の可塑性(Plasticity)という。『年老いたら脳は劣化するしかない』というのは人間が限られた体験や知識からつくりあげた固定観念でしかないんじゃ。
海馬のニューロンが繰り返し刺激されると、情報伝達が強化される。ニューロンの形が変わってつながりが増えるんじゃな。これこそが記憶の一般的なメカニズム(長期増強効果)というわけじゃが、脳内で起きる物理的変化というのはじつはこれだけではない。たとえば、脳梗塞を起こした人の脳では、生き残ったニューロンがパワーアップして損傷した脳の働きを補うように形を変えていく(*)。これも可塑性のなせる技じゃな」

* Bliss, T. V., & Collingridge, G. L. (1993). A synaptic model of memory: long-term potentiation in the hippocampus. Nature, 361(6407), 31; Murphy, T. H., & Corbett, D. (2009). Plasticity during stroke recovery: from synapse to behaviour. Nature Reviews Neuroscience, 10(12), 861.

「『脳には可塑性がある』か……。なんだか勇気が湧いてきたわ! 人間の脳はコンピューターとは違うってことね」

「いや、最近では機械の脳だって成長を続けていくぞ。囲碁にしろ将棋にしろ、AI(Artificial Intelligence:人工知能)が何かを学ぶときに、いちいち人間がプログラミングしていては限界がある。そこで生み出されたのが、大量のデータをもとにAI自らが学習を進めていくディープ・ラーニング(深層学習)という手法じゃ(**)。
AIのディープ・ラーニングは、人間の脳細胞が新たなつながりを形成し発達していく過程とよく似ている。そう、わしらの脳は、こちらが意識的には結びつけていない過去の経験や情報なども、いつのまにかどこかで結びつけ、学習したり、新たな能力に変えたりしている可能性があるんじゃ。何歳になっても、脳にはこの『学習のパワー』がある。だから諦めたりする必要はまったくない!」

** LeCun, Y., Bengio, Y., & Hinton, G. (2015). Deep learning. Nature, 521(7553), 436.

「そしてテロメアが短くなったとしても、なんとかする方法はある、と?」

私が聞くと、スコットはニカッと笑顔になった。2つの目玉がいま一度、爛々と輝きはじめている。