世界的ベストセラーとなった『ブルー・オーシャン戦略』刊行から13年。この間、W・チャン・キムINSEAD教授は、共同著者であるレネ・モボルニュ教授と共に、世界中のブルー・オーシャン・プロジェクトの成功と失敗を収集し、研究を続けてきた。その成果をまとめあげたのが、本年4月に発売された書籍『ブルー・オーシャン・シフト』だ。
『ブルー・オーシャン戦略』に続き、世界的ベストセラーとなっている本書の刊行記念フォーラムが10月10日に東京で開催された。プログラム最後に、ブルー・オーシャン戦略を参考の一つにして事業を立ち上げたスタディサプリの山口文洋氏、ミクシィを再生させた朝倉祐介氏に加え、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授がファシリテーターとなってチャン・キム教授とのパネルディスカッションが行われ、話題となった。「日本で今、ブルー・オーシャン・シフトが必要な理由」と題されたこの内容を、前後編の2回にわたってレポートする。>>前編から読む

【登壇者】
ファシリテーター
入山章栄(司会・早稲田大学大学院経営管理研究科准教授)
パネリスト
W・チャン・キム(INSEAD教授兼ブルー・オーシャン戦略研究所共同ディレクター)
朝倉祐介(シニフィアン共同代表)
山口文洋(リクルートマーケティングパートナーズ代表取締役社長)
なぜ、日本から「ブルー・オーシャン」は生まれないのか?Photo by Aiko Suzuki

「ミクシィの再生」から生まれた「モンスターストライク」

入山(ファシリテーター) それでは対談後半に入りましょう。まずは、当時低迷していたミクシィを再建した朝倉さんにお話を伺います。朝倉さん、当時の経験をお話しいただけますか。

なぜ、日本から「ブルー・オーシャン」は生まれないのか?朝倉祐介/シニフィアン株式会社 共同代表 1982年生まれ。兵庫県西宮市出身。中学卒業後、騎手を目指して渡豪。その後、競走馬育成牧場の調教助手、東京大学、マッキンゼーを経て、自身が学生時代に起業したネイキッドテクノロジーに復帰し代表に就任。ミクシィへの売却に伴い入社後、代表取締役社長。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員を経て現職。Photo by A.S.

朝倉 ミクシィの創業は1999年で、2004年にSNS事業を始めました。たいへんな人気を博し、2006年に東京証券取引場マザーズに上場しています。しかし、リーマンショック以降、株価は転落し、売上も低迷します。

とくに2012年度以降、売上は四半期ごとに下落していきました。私は2013年にミクシィのCEOに就任しましたが、第1四半期に上場以来初の赤字に転落します。そうした事業環境の下、「ミクシィ社の再生」に取り組むことになりました。

入山 SNSがブルー・オーシャンからレッド・オーシャンに移ってしまったんですね。

朝倉 そうです。2010年ごろにTwitter、2011年あたりからFacebookが、日本で本格的に普及し始めました。続いて2011年にはLINEがサービスを開始します。ユーザーの可処分時間の奪い合いが激化し、ミクシィの会員はどんどん流出することになりました。また、スマホへの対応も後手に回ってしまいました。それまでの成功体験も大きく、ブルー・オーシャンがレッド・オーシャンと化したことを真正面から受け止めて迅速に対応することができなかったんです。キム先生は『ブルー・オーシャン戦略』で、分析と行動のための「戦略キャンバス」(strategy canvas)の作成を促していますよね。

入山 横軸に業界の競争要因、縦軸に需要側の欲する度合いを置いたチャートですね。

なぜ、日本から「ブルー・オーシャン」は生まれないのか?W・チャン・キム, レネ・モボルニュ著『ブルー・オーシャン・シフト』ダイヤモンド社刊

朝倉 そうです。「戦略キャンバス」では、事業の成功に必要な要因を複数抽出し、競合他社と比較することを促しています。『ブルー・オーシャン戦略』の方法論を明確に意識していたわけではありませんが、当時のミクシィでも同様に、他社サービスと自社サービスを要素ごとに比較していました。ただ、競争要因に自分たちにとって都合の良い要素を並べてしまっていたのです。

入山 なるほど…。それでは価値曲線が正しく描けませんね。

朝倉 そうです。事業の成功にとって本当に必要なものを見極めて分析しないと、経営戦略に何も示唆を与えてくれません。結局、既存の事業を改善し、競合サービスに勝つかということではなく、自社の持つリソースを活用して新しい事業を創出することに注力しました。既存事業への依存から脱却しない限り、生き残ることはできないと考えたからです。事業買収など、いろいろなチャレンジをしていますが、その中でヒットしたのが「モンスターストライク」です。

入山 戦略キャンバスの示唆は、すべての競争要因で満点を取ることではなく、むしろしっかり「引き算」をしてメリハリをつけることですよね。でも朝倉さんがリーダーシップを取る前は、価値曲線にメリハリがなく、自分たちに都合の良い曲線しか書けていなかったと。

朝倉 都合の良い要因を挙げているのだから、全要因で100点満点です(笑)。たとえツールを知っていたとしても、正しく運用する方がよほど難しい。だからこそ、キム先生はもっと実践的にできるように『ブルー・オーシャン・シフト』を書かれたのでしょうね。

入山 興味深いですね。キム先生、いかがですか。