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3.11の「喪失」~語られなかった悲劇の教訓 吉田典史

園児5人を乗せたバスはなぜ津波へ向かったか?
日和幼稚園訴訟を生んだ“やるせない怒り”の着地点

――石巻私立日和幼稚園を訴えた遺族のケース

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第14回】 2012年5月22日
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1000年に一度だから仕方がない――。
それは園児が死んだ理由になるのか

 今回は、昨年3月の震災以降よく聞かれる「1000年に1度の災害だから、被害が大きくなったことは仕方がない」という見方に、一石を投じる事例を紹介したい。

 震災当日、宮城県石巻市の中心部にある私立日和(ひより)幼稚園は、地震発生直後に、園児を自宅に帰らせようと2台の送迎バスに分乗させ、発車させた。1台は、津波が来る前に園に引き返し、難を逃れた。

 だが、海岸(石巻湾)から数百メートルの沿岸部に向かった1台が津波に襲われる。車内にいた園児5人全てが死亡し、同乗していた1人の職員が行方不明となった。運転手は、自力で避難した。

 園児5人のうち4人の遺族は、園を運営する学校法人「長谷川学院」と当時の園長を相手に、計約2億6700万円の損害賠償を求める訴訟を昨年8月に始めた。この裁判は、被災地の東北3県では初めてのものであり、その行方が注目を浴びている。

 園側は、裁判において「これまで大規模な地震があっても、市街地まで到達するような大津波が発生したことはなかった」として「予見することは不可能だった」と主張。

 遺族側は「地震発生後、危険がないことを確認できるまでは海に近づかず、高台に避難することは常識」「園児らの命は津波によって失われるはずのない命だった」などと主張している。

 双方の言い分や思いなどを交え、事故の実態や今後について、筆者の考えを述べたい。


「あの子は助かるはずだった」
どうしても割り切れない親の思い

遺族らは毎日のように連絡を取り合う。

 「あの日の朝、娘が幼稚園へ行った。だが、いまだ帰ってこない。その答えを知りたい。死に至った経緯を教えてほしい。そうでないと、娘の死は無駄になる。今後の防災に役立たない」

 西城靖之さんは、幼稚園を相手に訴訟を起こした理由を語る。昨年の震災で、次女の春音さん(当時6歳)を亡くした。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


3.11の「喪失」~語られなかった悲劇の教訓 吉田典史

東日本大震災からもう1年が経とうとしている。人々の記憶も薄らぎ始めた。しかし、国の復興対策はなかなか進まず、被災者・遺族の心の傷も癒えない。3.11がもたらした「喪失」は、日本人にどんな教訓を投げかけているのか。日本が真の復興を遂げられる日は来るのか。その問いかけをまだ止めることはできない。いや、止めてはいけない。遺族、医師、消防団員、教師、看護士――。ジャーナリストとして震災の「生き証人」たちを取材し続けた筆者が、様々な立場から語られる悲劇の真相を改めて炙り出す。

「3.11の「喪失」~語られなかった悲劇の教訓 吉田典史」

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