いま感じている「不安」は、挑戦の証
――できることを手放して、コンフォートゾーンを抜けよ

山崎 できることが認知され、貢献したと自覚するというのは、とても大切なことだと思います。過去に取り組んできたことというのは、それに一生懸命になった時期があるから、自分のアセットになります。誰かの役に立ち、お金にもなる。
 ですが、人生というのはどんどんと変わっていくものです。仮にアセットがあったとしても、それがいまの情熱の向かうものとは違うこともあります。そこで私はいま、できることを手放すということに、個人的にチャレンジしています
 そうは言っても、すぐにお金をもらえる、役に立つことを手放すのは、ものすごく怖いことです。自分がどうなるのかもわからないですし、答えがない中で、自分として生きていくことにコミットするのには、不安が募ります。
 人間というのは、不確かなことが起こりはじめると、不安が生じます。ですが、その不安が出てくるというのは、実はいい意味でのサインで、自分にとって新しいことをやっているということなのです。
 自分が挑戦しているからこそ、不安を感じる。不安を受け入れながらも自分の心の声を聞いて、自分の道を歩いていく。どうなるのかはわからないけど、そのほうが面白い人生になるのではないかと思います。できること、それが認められることの次に、聞き取れない自分の心に従って生きるということです。

 すごくいい判断基準ですよね。「コンフォートゾーンを抜けよ」という話がありますが、不安を覚えるということは、何か新しいことをやっているという証拠です。
 いま、何ごとにも効率だ、生産性だといわれ、ロジックから導いた判断が求められています。はっきりいって、それは産業社会の最適解でしかない。情報社会になって、こうして決めた解は、最適解ではないことのほうが多い。
 僕自身、この「ことのほうが多い」を意識し、何かを判断するにしても、生産性とか効率とか、ロジカルに判断して出てきた解は捨てる。意図的に捨てるようにしています。

司会 できることや好きなことをやる。それすらも捨ててしまうことが、自分らしく生きていくことや、ワクワクする人生につながるのですね。一方、日本ではそれとは反対の教育がなされています。今回、会場の皆さんの最も関心の高かったテーマが教育です。「AI・ロボット時代において、つまらなくない教育とは何でしょうか」

(中編へ続く)