理論よりナマの失敗体験に学べ!

野望なしでも起業精神はある?!<br />謎だらけのミレニアル世代の読み解き方 本荘修二(ほんじょう・しゅうじ)
『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』監訳者 新事業を中心に、日米の大企業・ベンチャー・投資家等のアドバイザーを務める。多摩大学(MBA)客員教授。Net Service Vetures、500 Startups、Founder Institute、始動Next Innovator、福岡県他の起業家メンター。BCG東京、米CSC、CSK/セガ・グループ大川会長付、投資育成会社General Atlantic日本代表などを経て、現在に至る。『エコシステム・マーケティング』(ファーストプレス))など著書多数。訳書に『ザッポス伝説』(ダイヤモンド社))、連載に「インキュベーションの虚と実」「垣根を超える力」などがある。

本荘 まだまだ未知の部分が多いZ世代ですが、彼らに囲まれている斉藤さんの目に、クリステンさんはどう映りました?

斉藤 「周りは大変だろうけど、これは面白い子だなあ」と(笑)。とくに前半の創業当時の彼女はユニークでいいですね。思いついたことは考えないですぐ実行してしまう。おっちょこちょいで失敗ばかり。でも、失敗を隠さず素直にさらけ出す姿勢は、Z世代には親しみやすいと思います。冒頭の「ザ・45の危機」などは最高でした。ビジネスを立ち上げるにあたり、雇い入れた60人中45人もの学生たちが辞めそうになるんですよね。

「ごめんなさい」。私の声は少し震えていた。
誰も私と目を合わせようとしない。
「マネジメントするのは、こんな大きなことをやるのは実は初めてで……どうすればいいのか、よくわかっていないところがあって……」
(中略)
「いいわよ、クリステン」。カウチのあたりから声がした。「208号室のカビだらけの冷蔵庫をあなたがやるなら、私は戻るわ」
「もちろん」。私は即答した。
ほかにもいくつか、笑顔が見え始めた。
「106号室の真っ黒な換気扇は? 汚れが雨みたいに降ってくる」
「任せて!」
『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』40、41ページより)

本荘 結局、自分が率先して働くことで、みんなを引き留めることに成功したわけですが、こんな調子で全編にわたり、チャレンジしてこけて学んで――の繰り返し。まさに「How to Learn」の本だと思います。ホラクラシーやティール組織といった理論が最近、注目されていますが、いきなり高度な理論に飛び込むより、生々しい事例を知り、自分で体感しないと実践知には結びつかないでしょう。

斉藤 だからこそ、若い人たちにこの本を読んでほしいですね。彼女の失敗を疑似体験し、ビジネスを立ち上げていく疾走感を味わってもらいたいです。

本荘 われわれの世代はバブル崩壊やリーマンショックでそれなりにいろいろな経験を積んでいますよね。上の世代の体験から学べることはたくさんあるはずです。とくに斉藤さんのような起業家は日々、意思決定しなければならず、つねに失敗のリスクと隣り合わせで生きてきたはず。

斉藤 そのとおりです。僕は29歳のときにIBMを飛び出して起業したのですが、何度も大失敗しました。なかでも一番悲しい経験は、創業した会社を3億円の借金を背負ったまま追い出されたことかな。携帯コンテンツの変換エンジンを開発し、日経新聞製品賞や広告賞を受賞して絶好調。30億円もの資金調達をしたところで、ネットバブルがはじけた。まさかの転落でした。自宅も担保に入っているし、八方ふさがりの状態でしたね。

一人になった僕は、それでも少しでも借金を返したかったので、不要になった会社のオフィス家具を売ったら、これが結構いいお金になった。転んでもタダで立ち上がらないのが起業家です(笑)それに味をしめて、中古オフィス家具を販売する仕事を2年間くらいやっていました。来る日も来る日も倒産した会社や倉庫をまわっては、埃まみれで放置されている家具に値付けしたり、運搬したりしていました。学生アルバイトと一緒に真夏の横浜港の倉庫にこもり、冷房はもちろんないとこで、汗だくで働いたこともあるので、この本のお話が五感をともなって伝わってきました(笑)。

本荘 じつにリアルですね! でも、その失敗があったからこそ、斉藤さんはより本質的な成功や幸福を求めるようになったのかもしれません。今のイノベーションチームdotが生まれた理由もわかる気がしますね。

斉藤 そうかもしれない。フラットで自由で、誰もが安心して発言できるイノベーションチームdotは、僕自身にとっても「ハッピーになれる場所」です。学生たちは僕を「先生」じゃなく、「とんとん」と呼んでいますし(笑)。

本荘 「とんとん」ですか……(笑)。

斉藤 ですから、みんなには安心してチャレンジして「濃い人生」をおくるといいよと言っています。ドジを踏んだら「神様がダメ出ししているんだな」と思えばいい。失敗っていうのは「思ったことと現実が違っていた」というだけであって、うまくいっちゃうよりずっと「学びの種」が多いですから。

「蝶はモグラではない。でも、そのことを残念がる蝶はいないだろう」っていうアインシュタインの有名な言葉があります。この本を読めば、コンフォートゾーンでぬくぬくしているより、ラーニングゾーンに飛び出したほうがきっと楽しい!ってことを疑似体験できるんじゃないかな。

dotの子たちも、チームに入る前は、試験に怯え、就活を恐れる普通の学生たちでした。そんな子たちが自己肯定感を取り戻し、のびのびとチャレンジしてる姿をみるのが、僕にとっては一番幸せな時間です。