1997年、米アップルのスティーブ・ジョブズとともにアップルの「Think Different」キャンペーンを成功させ、アップル復活の契機となった「iMac」の名付け親であるクリエイティブ・ディレクターのケン・シーガル氏。彼の著書『Think Simple/アップルを生みだす熱狂的哲学』(NHK出版)は、アップルが製品を開発する根底には「シンプリシティ」(シンプルという哲学)があったことを明かす。アップルやジョブズとの関わりを通して、大企業が「“複雑さ”を排除する考え方」などを語ってもらった。(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)
1950年生まれ。複数の広告代理店で、アップル、デル、IBM、インテル、BMWなどの仕事を手掛ける。現在は、広告のクリエイティブ・ディレクターとして独立する。長い広告ビジネスのキャリアの中でも、97年に倒産の危機に直面していたアップルの伝説的なマーケティング・キャンペーン「Think Different」の製作に参画したことで知られる。ジョブズとの縁は、88~91年(ネクスト社)、97~2001年と05~07年(ジョブズ復帰後のアップル)と、断続的ながら計12年間ともに働いてきた。2012年に『Think Simple』(NHK出版)を出版する。
Photo by Shinichi Yokoyama
――日本では、少し、アップルとジョブズは神格化されているきらいがある。あなたは、1988~91年(ネクスト社)、97~2001年と05~07年(ジョブズ復帰後のアップル)と、断続的ながら計12年間、ジョブズとともに働いてきた。等身大のジョブズとは、どのような人物だったのか教えてほしい。たとえば、日本では「ジョブズの身長は188センチ」という話がまことしやかに出回っている。
私の記憶だと、身長は5フィート9インチ(約175センチ)の自分より少し高いくらいだった。実際に並んで比べてみた経験がないので、正確なところはわからない。だが、188センチというほど高くはなかったと思う。
話し手としては、小さな会議室のミーティングでも、マックワールド・エキスポのような大きなイベント会場でも、あまり変わらなかった。独特の口調で、ゆっくり訥々と話すので、けっして流暢ではない。ただし、彼の説明は、非常にカラフルで、さまざまな表現を自在に使いこなした。しかも、イベントの際のプレゼンテーション原稿は、彼が自分で書いていたので、ライターとしての能力は高かった。そして、時には茶目っ気も大いに発揮していた。