経営×統計学
『統計学が最強の学問である[数学編]』
【第9回】 2019年3月29日
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ダイヤモンド社書籍オンライン編集部

人間を不幸にする「本能」への対抗手段は、『FACTFULNESS』が教えてくれる

Takram・田川欣哉×統計家・西内啓×『FACTFULNESS』共訳者・上杉周作(3)

この記事は、デザイン・イノベーション・ファームTakramのメンバーが毎週月曜日に配信しているPodCast「Takram Cast」の収録をもとに構成したものです。Takram代表・田川欣哉氏が、事業のパートナーである統計家・西内啓氏と、30万部を突破したベストセラー、『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』共訳者・上杉周作氏を迎え、デザイナー、エンジニア、統計家それぞれの視点から語り合いました。

データと真実から見えてくる正しい世界とは何か。著者・ハンス・ロスリング氏の伝えたかった価値観とは。全3回の最終回です(前回はこちら)。(構成:プレーンテキスト 写真:疋田千里)

「統計」は人間が「本能」に対抗する有効な手立てである

田川『FACTFULNESS』の章立ては、「分断本能」など、人間が進化する過程で獲得した「生き残り本能」を「ファクト」というものでいかに押さえ込んでいくかという構成になっていますよね。一般の人が陥りがちなポイントを「本能」という形で10個ピックアップして、その1章ごとにティップスも書かれているので、とてもわかりやすいです。各章の入口が、ハンスさん個人のエピソードからはじまる構成も読みやすく感じました。

『FACTFULNESS』で紹介される10の本能
1.分断本能 「世界は分断されている」という思い込み
2.ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み
3.直線本能 「世界の人口はひたすら増える」という思い込み
4.恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み
5.過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要」という思い込み
6.パターン化本能 「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み
7.宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
8.単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
9.犯人捜し本能 「だれかを責めれば物事は解決する」という思い込み
10.焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み

上杉:『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』というタイトルは、「MINDFULNESS(マインドフルネス)」からとられています。内容としては統計の話ではあるのですが、誰でも読めるように、著者自身のエピソードや、日常的にも使えるような話を集めているのだと思います。

田川:その部分が章立ての妙だなと思いました。人間はどうしても大脳のバグである「本能」に流されてしまいます。ですが統計は、人間が文明の中で得た「本能」に対抗する1つの有効な手立てなのではないかと思えたのです。

西内:人間にとって幸福とはなんだろうと考えたときに、所得が高い、家族がいるということよりも、本人のマインドセットやメンタリティのほうが大事であるというところから、「マインドフルネス」という言葉が生まれたんですよね。

たとえば、いま自分が快適な環境にいるとして、その快適な環境に意識が向いていれば幸福度が上がるけれど、将来の不安などに意識が向いていれば幸福度が下がってしまう。しかし、「快適な環境」は五感で捉えられるものだけではありません。そこで、統計というものの見方をつかえば、より高い幸福度を得られる可能性も出てくる。

田川:デザインの仕事をしていると、比較的「質」の話をする時間が多いのですが、とはいえ統計データやマーケティングデータを見ながら、「量」についても見るんです。そこで感じるのは、「質」を扱っている人たちは「量」の話を軽んじ、「量」を扱っている人たちは「質」の話を無視しがちだということです。

田川欣哉(たがわ・きんや) Takram代表。プロダクト・サービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通する。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、日本政府の地域経済分析システム「RESAS」のプロトタイピング、Sansan「Eight」の立ち上げ、メルカリのデザインアドバイザリなどがある。グッドデザイン金賞、 iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクション、未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定など受賞多数。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。経済産業省「産業構造審議会 知的財産分科会」委員。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった。2015年から2018年までロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授を務め、2018年に同校から名誉フェローを授与された

上杉:それはありますね。

田川:先ほどの西内さんの「群盲象を評す」の話ではありませんが、リアリティというものは非常にモヤッとした多面的なもので、切り口によって断面はまるで異なるのですが、実態は1つなのですよね。

私たちがものをつくる先には人間がいて、その人間というものは、一個性というものを存在の起点としています。一個性に関連するプロダクトやサービスを考えるときに、質や量の話はあくまで切り口であって実態ではないということ、そしてそのことを自分たちの思考プロセスの中に複眼的に内在させる重要性を、とてもクリティカルに感じるのですね。

だからこそ、デザイナーであっても数字は読めたほうがよかったり、ロジカルシンキングが行き過ぎたときにはクリエイティブシンキングで補正をかけたりするわけです。私の頭にも、組み合わせ、バランス、統合といった言葉が常に浮かんでいます。

『FACTFULNESS』の「バランスの良さ」の秘密

田川:大学時代、エンジニアリングの授業で問題解決の仕方を教わりました。大問題を受け取ったら、それを大問題のまま解いてはいけません。大問題を因数分解すると、中問題に分解することができます。中問題を細かく見ていくと、今度は小問題に分解できます。小問題をさらに切り刻むと、最小問題になる。最小問題になってこそ、ようやく取り組むことができる課題になるから、それを最小回答に転写する。これがエンジニアリングですと。その最小回答を束ねていって、小回答・中回答・大回答としていくと、大問題は大回答に置き換えられると。

企業とはまさにそのような形で細分化された部門群から成り立っています。そして各部門の人たちが統合思考や全体視野を持っていない場合には、与えられた課題を最小問題に対する個別最適で解くということに埋没してしまいがちです。結果として、個別最適を束ねてみたら、全体としてはチグハグになってしまったという感じの企業は沢山あります。統合思考を訓練していないと、バラバラで擦り合わせのきかないバランスの悪い組織ができあがってしまいます。

『FACTFULNESS』についても、「ファクト」や「統計」は量に関する話なのですが、たとえばアフリカでのエピソードや、そこでハンスさんが何を体験したのかという質の話を加えることで、しっかりと補強されています。「質」と「量」が焦点の合うところで結ばれていて、私が好きなバランスです。

上杉:そうですね。私は大学2年目を終えたときにAppleでインターンをしたのですが、スティーブ・ジョブズはかねてから「Appleはテクノロジーとリベラルアーツの中間でありたい」と言っていました。シリコンバレーにはテクノロジー寄りの会社が多いが、リベラルアーツがなければ世の中の役に立つことはできないといって、テクノロジー寄りからリベラルアーツ寄りにジョブズがバランスを引き戻したという感じが私の中にはあったのです。

『FACTFULNESS』の著者たちも、どのような形で本を構築すれば人々が世界を見るときの役に立つかと綿密に考え、エピソードを交えてリベラルアーツ寄りにしたのではないかと思います。

上杉周作(うえすぎ・しゅうさく) 日本とアメリカ育ち。カーネギーメロン大学でコンピューターサイエンス学士、ヒューマンコンピュータインタラクション修士取得。卒業後、シリコンバレーのPalantir Technologies社にてプログラマー、Quora社にてデザイナー、EdSurge社にてプログラマーを経験。2017年に世界一周後、現在はシリコンバレー在住。関美和氏とともに『Factfulness (ファクトフルネス)』共訳者。

田川:ハンスさんの価値観を感じますね。リベラルアーツ寄りに世界を見ることをニュアンスとして伝えながら、読んだ人が自分の生活の中で再利用できる形にティップスを整理していて、とてもいい本だなと思います。

上杉:はい、すばらしいバランスですよね。多くの人が本書を読みながら、「この間違いは自分もやってしまったな」と思うのではないかと思います。私も翻訳しながらそう思いました。これは昔自分がやった間違いとまったく一緒だと。

田川:『FACTFULNESS』は部署やグループ全員で輪読するといいですね。そうすると、「○○本能」を共通言語化することができますよ。ビル・ゲイツが、アメリカの大学生は全員読んだほうがいいと言ったのもそういうことなのではないでしょうか。この本を全員で読んで共有知化できたら、組織全体が間違いなくアップグレードすると思いますね。

不正統計問題は、統計委員会のチェック機能が働いたからこそ発見できた

西内:今日は『統計学が最強の学問である』の担当編集者にも来てもらっているのですが、せっかくですので何かご質問はありますか?

――今、総務省による統計不正問題で、日本の統計データはあてにならないのではないかという声が噴出しています。『FACTFULNESS』を推薦する皆さんから、何かご意見をいただけますか。

西内:その件に関しては、私のところにもいろいろな国会議員の方から問合せが来たりしている状況ですね。

一連の問題の中で、私としてはポジティブだなと思っている点は、統計委員会がきちんと機能したという点です。平成30年の統計法改正で統計委員会の権限が強化されたんですが、今回の不正はその統計委員会で見つかっているので、法改正がよい方向に向かっているという考え方もできます。

ところが、『FACTFULNESS』でも書かれているように、人々はセンセーショナルなニュースを好みがちであるというバイアスがある。それによって、そうした(悲観的な)報道が多くなってしまっているという側面があるのかもしれません。

西内啓(にしうち・ひろむ) 統計家。東京大学医学部卒業。著書の『統計学が最強の学問である』シリーズは計50万部のベストセラーとなり、日本統計学会出版賞を受賞。現在は株式会社データビークル代表取締役として、拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売、官民のデータ活用プロジェクト支援にも従事している。横浜市立大学客員准教授、青山学院大学招聘准教授も兼任。

田川:新設されたチェック機能がうまく働いたということですよね。

西内:はい。実はこうしたことは医学の世界でもよくあって、検査技術が進歩すると、病人の数が増えるんですよ。検査の精度が高くなると病気を初期のうちに発見できるので。早期治療ができてよいことなのですが、どうしても「この病気の人が増えています」という見方になりがちなのです。

田川:状況が悪くなっているように見えてしまうと。

西内:もう1つ今回のニュースに関していうと、近年の行政改革の流れは統計調査についても例外ではなく、人員や予算がどんどん減らされているのは確かです。しかし、公的統計が間違えてしまうというのは、お金で取り返しのつかない問題なんですね。

たとえば、『FACTFULNESS』の中でも各国のデータをまとめていましたが、これは各国のデータが正しかろうという前提に基づいて掲載しているわけです。発展途上国ですと、統計の制度ができていないために多少あやふやなデータになっているかもしれません。国によっては、あるデータについて高めに言ったり、低めに言ったりすることもあるかもしれません。しかし日本は、先進国である限り、世界中に信頼できる統計を発信し続ける責任があると思います。

上杉:私は、信頼のおける統計だったら、この情報は信頼できますよということをもっと発信するべきだなと思っています。ツイッターなどで本の感想を寄せられるのですが、グラフが信用できないというコメントが非常に多いのですね。それに対して1つ1つに返信を書いていて、世界銀行のデータであることや、グラフの横軸・縦軸についての解説をきちんとしています。すると、なかにはわかってくれる人もいる。だから、面倒であっても、信頼のおける統計をもとに発信しているのであれば、きちんと発信していくべきです。

西内:ツイッターでの読者とのやり取りもたまに拝見していますが、すばらしい姿勢ですね。

田川:そろそろ時間になりましたね。本日は、統計家の西内啓さんと、『FACTFULNESS』の共訳者・上杉周作さんにお話をうかがいました。ありがとうございました。 (終わり)

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ダイヤモンド社書籍オンライン編集部

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