経営×統計学
『統計学が最強の学問である[数学編]』
【第8回】 2019年3月28日
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ダイヤモンド社書籍オンライン編集部

『FACTFULNESS』の問題意識は、大学進学率もはしかワクチンの摂取率も下がり続ける日本にこそ必要だ

Takram・田川欣哉×統計家・西内啓×『FACTFULNESS』共訳者・上杉周作(2)

この記事は、デザイン・イノベーション・ファームTakramのメンバーが毎週月曜日に配信しているPodCast「Takram Cast」の収録をもとに構成したものです。Takram代表・田川欣哉氏が、事業のパートナーである統計家・西内啓氏と、30万部を突破したベストセラー、『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』共訳者・上杉周作氏を迎え、デザイナー、エンジニア、統計家それぞれの視点から語り合いました。

データと真実から見えてくる正しい世界とは何か。著者・ハンス・ロスリング氏の伝えたかった価値観とは。全3回のうち、第2回です(前回はこちら)。(構成:プレーンテキスト 写真:疋田千里)

翻訳者が一番好きな、『FACTFULNESS』内のエピソード

西内:翻訳された上杉さんは、『FACTFULNESS』のどのエピソードが一番お好きですか。

上杉:ネタバレになってしまうのであまり言えないんですけど、私はモザンビークの道路封鎖の話ですね。「焦り本能」によって間違いをおかしてしまったことで人の命が失われたという話です。危機感を煽ることで、逆に問題解決から遠のいてしまうという話をされています。

上杉周作(うえすぎ・しゅうさく) 日本とアメリカ育ち。カーネギーメロン大学でコンピューターサイエンス学士、ヒューマンコンピュータインタラクション修士取得。卒業後、シリコンバレーのPalantir Technologies社にてプログラマー、Quora社にてデザイナー、EdSurge社にてプログラマーを経験。2017年に世界一周後、現在はシリコンバレー在住。関美和氏とともに『Factfulness (ファクトフルネス)』共訳者。

田川:危機感を醸成することによって、みんなのベクトルを過去からの継続ではない方向にピボットさせるというのは、仕事の場でもよく目撃します。何万人という従業員がいて、彼らが動こうとしないときに、経営者が「このままだとこの会社は終わるぞ」と煽ったりですとか。ハンスさんが本の中で言おうとしているのは、このように極端に危機感を煽るのでもなく、ただの現状肯定でもなく、第3のよりよい道を進もうということだと思うんです。

上杉:ハンスさんは296ページで、「今すぐ行動を」と訴える前に、データを改善することから始めるのが一番いいと言っています。彼が地球温暖化についてのデータを調べてみたところ、氷がどんどん溶けているということは確認できたんですが、氷を溶かす原因である二酸化炭素の排出データが見つからなかった。GDPなら四半期データが公開されるところ、二酸化炭素の排出データとなると2年に1度しか公開されていない。そんな状況では解決策を出すのがむずかしいから、もっと高頻度でデータをとろうと。そして働きかけた結果、スウェーデンは四半期ごとに二酸化炭素の排出データを出せるようになったという話です。

 「行動しなさい」「今やらないと」と訴える人たちもいますが、そうは言っても行動を決定するためのデータがない、ということは多いのではないでしょうか。

西内:私も企業のデータ分析をしているという仕事柄、「データをちゃんととりましょう」と言うんです。けれども同時に、グローバルな団体が出しているデータや、科学者が先行研究で出しているデータをきちんと調べましょう、ともよくアドバイスしています。

そうしないと何が起こるのかというと、まさに「群盲象を評す」という中国の故事成語のようになっちゃうんですよね。目の見えない人が象の足を触ると、「象って柱みたいな生き物ですよね」、鼻を触ると「象ってヘビみたいですね」、耳を触ると「大きな扇みたいな生き物ですよ」とそれぞれ言うのですが、それはすべて象の一部にすぎないと。

つまり、自分たちだけでの力では、世界の全体像を捕らえることは非常にむずかしいということです。経済学者は経済学の側面から世界を見ますし、ジェンダー研究をしている人は、男女間の格差に目がいきがちです。先行研究を全部まとめると、1つの問題に対してさまざまなデータや解釈があって、全体として何が大事なのかが見えてくるんですよね。

田川:西内さんは、仕事でもいつもそういうことを言ってますよね(笑)。
 

田川欣哉(たがわ・きんや) Takram代表。プロダクト・サービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通する。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、日本政府の地域経済分析システム「RESAS」のプロトタイピング、Sansan「Eight」の立ち上げ、メルカリのデザインアドバイザリなどがある。グッドデザイン金賞、 iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクション、未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定など受賞多数。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。経済産業省「産業構造審議会 知的財産分科会」委員。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった。2015年から2018年までロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授を務め、2018年に同校から名誉フェローを授与された

「すでにある」データに気づくことの重要性

西内:私が『FACTFULNESS』を読んで思ったのは、日本国内の状況についてなんです。たとえば教育については、ほとんどの国や地域で教育の水準、教育年数が上がっているというデータが本書でも紹介されていましたが、日本では2010年くらいから4年生大学への進学率が下がっています。この図をちょっと見てもらっていいですか?

出所:武庫川女子大学教育研究所HP
http://www.mukogawa-u.ac.jp/~kyoken/data/13.pdf


西内:この図は4年制大学への進学率を男女間で比べたもので、縦軸は総数で、折れ線は、青が男性、赤が女性、黒が男女合計のパーセンテージを表します。基本的に大学進学率は戦後直後から70年代ぐらいまでは右肩上がりなんですね。しかしその後、男女格差は少し縮まってきてはいるものの2010年から大学進学率は下がってしまっています。同じ傾向が、はしかワクチンの摂取率についても言えるんです。

出所:国立感染症研究所・病原微生物検出情報(https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/36/422/graph/df42251.gif


田川:たしかに。

西内:たとえば、2008年には1歳児のはしかの予防接種率が94%、2017年には97%まで上がっているのですが、2013年に少し下がっています。何ごともなければ右肩上がりを続けていくはずなのに、なぜか日本だけ下がっている。普通に考えたらよくなっていくはずなのに、なぜか日本だけが……という状況は絶対に変えたほうがいい。
 
『FACTFULNESS』の問題意識にもあるように、世の中を悲観的に捉えてしまうと、大学へ行っても無駄なんじゃないか? 予防接種をしても人の命は救われないのではないか? という思考に陥ってしまいます。とてももったいない状況で、それを防ぐためにも、こうしたデータの一層の共有が必要だと思いました。

田川:国や組織の意思決定者だけでなく、意思決定者のために情報を準備するような組織内の階層が高い人たちでさえ、そうしたデータ整備や共有といった基礎的な作業をスキップしてしまうことがありますよね。

上杉:そうですね。『FACTFULNESS』のおもしろさは、「そういうデータが存在しているんだ」と気づける点にもあります。たとえば、「女子の何割が初等教育を終了するか」「世界の何割が電気を使えるか」といったデータはすでに公開されている。その「すでにある」ということを気づけるかどうかだと思うんです。

シリコンバレーでの起業家へのアドバイスに、「いいアイデアは恐らくすでに誰かがやっているから、それをまず調べなさい」というものがあります。自分がはじめて「これはすばらしいアイデアだ!」と思い浮かぶことはほぼないから、まず調べろと言われて、実際にみんなまず調べるんですね。そういう習慣がない人が、もしかすると世の中には多いのかもしれません。

まずこの本を読んで、すでにこれだけのデータが用意されているということを知って、まずデータを探す、次に論文を探す、という習慣ができるとよのではないかと思います。

西内:そこは日本の大学教育に関係する話だとも思います。私も田川さんも東大を卒業していますが、研究の問いをどう立てるかという話や、そのためにどう先行研究を調べるかという、いわゆる「リサーチデザイン」といわれることを、少なくとも私たちの学生時代、国内の大学ではそれほど体系的には教えられていなかったと感じています。

田川:そうかもしれませんね。

西内:アメリカの学部や大学院では、先行研究を調べましょうという教育をされるんですよね?

上杉:はい、普通に教わりましたね。僕はカーネギーメロン大学でコンピュータサイエンスを学んだのですが、論文を自分で探してきて、そこに書かれていることを実際にプログラムに落とし込んで実装するようなことは学部レベルでもたくさんやらされました。

西内:最近は独自技術をうたっているAIベンチャーが多いのですが、アイデアを聞いてみると、どこかの論文で読んだようなものが多いと感じています。機械学習については、多くの論文のプレプリントが無料で読める状態なので、この1年でどのような研究が盛んなのかは誰でも知ることができるはずです。「頼むから先行研究を調べてくれ」と、声を大にして言いたいですね。

西内啓(にしうち・ひろむ) 統計家。東京大学医学部卒業。著書の『統計学が最強の学問である』シリーズは計50万部のベストセラーとなり、日本統計学会出版賞を受賞。現在は株式会社データビークル代表取締役として、拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売、官民のデータ活用プロジェクト支援にも従事している。横浜市立大学客員准教授、青山学院大学招聘准教授も兼任。

「すでにある」データに注意を払う

西内:まあ、そこに世代間のギャップがあるなら理解できるんです。たとえば、インターネットで文献を調べるというのは歴史が浅い話で、日本国内の大学だと2000年前後ぐらいに入ってやっと文献データベースへアクセスするという習慣が一般的になったそうです。それまでの世代は図書館で目録という謎の紙を調べて、雑誌の何ページを開架や閉架から引っ張り出してきて調べて、間違えて……という方法で文献を調べていて、いま思うと地獄のような作業で(笑)。

その必要がなくなったというのはとても大きいのだから、ぜひもっと事前のリサーチに時間をかけるべきだと思います。

上杉:『FACTFULNESS』の354ページに、グローバルな開発に関する無料データが紹介されているんですが、このデータはもともと世界銀行が有料で配布していたCD-ROMがベースになっています。これらのデータの中身を本書の制作陣がわかりやすくバブルチャートにして、無断で勝手にインターネットに掲載してしまったんですね(笑)。

そのことには世界銀行もお冠だったようなのですが、『FACTFULNESS』の制作陣はみんなの税金で世界銀行を支えているのだから公開すべきだという考えでした。結局このようなデータもオープン化される流れになりましたが、最初はそういうものではなくて、2000年を境にどんどんデータが公開されていったという経緯がありますね。

西内:それ以前だと、世界銀行ですらデータの提供はCD-ROMだったんですね。今は普通にインターネットで検索するとさまざまな先行研究や、公的機関のまとめたレポートが出てきますし、本当にいい時代になりました。

田川:そうですね。そういう意味だと、インターネットで個人がエンパワーされて、やれることは増えているものの、大半の人の行動規範はそれに対応していない。『FACTFULNESS』に登場するような10個のバイアスが障害になっていると思いますね。(続く

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ダイヤモンド社書籍オンライン編集部

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