前回は、情報化とは、既存の仕組みを機械に置き換えて人件費を浮かせようとする取り組みではないことをお話ししました。これは単なる「電算化」です。「真の情報化」は、単にコンピュータを導入するだけではありません。既存の仕組みをゼロにして、枠組みから新たに考え直さないと、実現できません。

 韓国ソウル市の公共交通網は、こうした真の情報化により、市民の利便性を大幅に向上した典型的な例です。このプロジェクトでは、ITベンダーが単なる「システム屋」としてのシステム設計だけでなく、都市計画全体を見据えた大きなストーリーを描くことができたことが、成功に繋がりました。

バスの路線図を描き直したITベンダー

 以前のソウル市内の交通は、たくさんのバス会社がそれぞれで勝手に路線を引いていたので、とても複雑に込み入っていました。それぞれのバスが、より多くの乗客を乗せて利益を得ようと、人が集まりやすい、市の中心部にある市役所を通る路線を持っていたため、どこに行くにも一度必ず市役所に来てから乗り換える必要がありました。

 わかりにくいうえ、目的地まで直行する路線も少なく、遠回りだからこそ、運賃も高くて時間もかかり不便でした。また、同じ路線を複数のバス会社が走ることもあり、バス同士で早く走ろうと競い合うので運転も危険です。公共交通システムの使い勝手が悪いために、市民は自家用車に頼るようになり、どんどん渋滞が悪化する原因にもなっていました。

 また、ソウル市はバス会社に対し、赤字路線分を補填するための補助金を払っていましたが、それぞれの路線がどれくらい赤字になっているのか、当時の複雑な仕組みの中では誰も明確に管理できていません。ソウル市にとっては、不透明な補助金支出がかさむことになっていました。

 そこで斬新な提案を行ったのが、LGグループのシステムベンダーである、LG CNS社です。同社はまず、日本円にして約10億円を出して2004年に「韓国スマートカード」という会社を設立、その資本の35%をソウル市に寄付しました。そして多数あったバス会社はそのままに、バスの運営権だけを韓国スマートカードに集めました。

 通常であれば、公営は高コストや非効率の元凶と見られ、民営化がその解決策ととらえられることが多いのですが、ソウルのバス交通システムの場合は逆に、民営のバスを、一見公営のように集約することになったのです。発想の転換とも言えるでしょう。