人口が減っていく日本が、成長に転じる戦略とは? 著書『イシューからはじめよ』でも知られる、慶應義塾SFC教授/ヤフーCSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)の安宅和人さんに、現役世代向けに資産運用を自動で提供するウェルスナビCEOの柴山和久さんが、25年もの間、日本だけが低成長だった要因や、人口減でもG7並みに成長するための勝負の分かれ目、その中で個人の生き残り策について聞いていく、対談後編です。(撮影:梅沢香織)

選択と集中の真逆を行くべきだ

柴山和久さん(以下、柴山) 前回、個人が現代を生き抜くためにレアな人材になることの重要性や、レアな人材になるためのポイントについて伺いました。翻って日本社会全体としては、資本をどこに投下すべきでしょうか。個人と違って、レアな方向に行くわけにはいかないのではないかと思います。安宅さんが財務省の財務総合政策研究所「イノベーションを通した生産性向上に関する研究会」で発表された「シン・ニホン」のなかでは、未来にお金を使うべきだ、と強調されていました。

安宅さんに聞く「人口減でも日本は成長できる。G7並みは無茶じゃない」安宅和人(あたか・かずと)
慶應義塾大学環境情報学部教授/ヤフー株式会社 CSO(チーフストラテジーオフィサー)/データサイエンティスト協会理事(スキル定義委員長)
東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程終了後、マッキンゼー入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経科学プログラムに入学。2001年春、学位取得(Ph.D.)。ポスドクを経て2001年末マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域中心メンバーの一人として幅広い商品・事業開発、ブランド再生に関わる。2008年よりヤフー。2012年7月よりCSO(現兼務)。全社横断的な戦略課題の解決、事業開発に加え、途中データ及び研究開発部門も統括。2016年春より慶応義塾大学SFCにてデータドリブン時代の基礎教養について教える。2018年9月より現職。内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議 構成員、官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)運営委員、経団連 未来社会協創TF委員なども務める。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版、2010)。

安宅和人さん(以下、安宅) そこは間違いないですね。日本のお金が、シニア層と過去ばかりに使われている現状は問題です。手持ちの金/リソースのうち、6~7割を目先のことに使われるのは仕方ないとしても、3~4割のうち3分の1ぐらいはすごく遠い未来に、その残りの3分の2は中長期的にかけるのが基本ではないでしょうか。それは、企業も同じだと思います。

 以前、経団連(日本経済団体連合会)会長の中西(宏明)さんから伺ったのですが、一見、はるか昔に技術的に成熟したかのようにみえるモーターのようなフィールドでも、この10年で消費電力が3分の1になるようなイノベーションが起きているということです。どんなレガシーな技術でもR&D(研究開発費)を続けていなかったら死ぬんだと。ただし、企業は5年以上先のことに投資するのは結構きつい。だから、超長期の部分は国が投資していくべきだと思うんですよね。国しかリスクが取れない。わけのわからないような研究をしている人たちに、お金を蒔き続けなきゃいけない。取り組みの多様性がカギだと思います。iPS細胞も、まったく王道ではない辺境からのアプローチで、僕みたいに分子生物学をかつてやっていた人間からすれば衝撃でした。

柴山 研究者が革新的な発見するためには、どんな環境が必要なのでしょう。

安宅 いろいろな分野との掛け合わせを、どんどんトライしてみると、何らかのイノベーションに繫がるのではないでしょうか。何に結実するか誰もわからないけど、多様な取り組みに対して、ある程度のリソースを張り続けていく。選択と集中の真逆をいく必要があります。とかく日本は、iPS細胞みたいにすでに成功した対象に、他を犠牲にして後からお金をつぎ込んだりするじゃないですか、あれが間違ってる。今や、応用段階に入っているiPS細胞には世界中からいくらでもお金を集められるので、もっとわけのわからない基礎的な研究にお金を蒔いていかなきゃいけない
 オートファジー(細胞の自食作用)の仕組みを解明してノーベル賞をとられた大隅(良典)先生だって、25年ぐらい前に隣の研究室にいた友人によると、かなり不思議な研究をされていると近くの人には認識されていたらしいですけど、今は偉大な取り組みだったことがわかっています。生物学的にもとても重要なだけでなく、実は病理学的にも深い意味がある研究となったわけですから。

柴山 日本は基礎研究からどんどん応用研究に投資を寄せたがってますけど、むしろ応用研究への投資については、政府の仕事ではなくて民間に任せていいのかもしれないですね。

安宅 ですね。工学系の技術の核の作り込みは大切ですが、実世界での応用については橋渡しまででいいと思います。あとは、若い人にきちんと“武器”を与えてほしい。この国の特に初等・中等教育は、いまだに“マシン(機械)としての人”を作ろうとしていて、大いに問題だと思います。たとえば漢字の書き取りって、いまだに宿題も含め厖大な時間を投下してやっていますよね。でも、今やコンピュータが字は書いてくれますから、自分の名前と住所さえちゃんとかければ、不要な能力です。ほぼまずならないのに「閣僚」「閣僚」と書き続ける。「大臣」「大臣」と練習したって、使う機会はほとんどないですよ(笑)。計算も同じです。手計算なんて、僕だって6年前に娘が中学受験をするときの勉強を見ていたとき以来、ほぼやっていません。

 現代においては、計算が正しくできることよりも、自分なりにどう思うか、どう考えるか、それをどうモデル化し、式に落とせるか、という思考の部分が大事なのに、そこはまったく鍛えられない。これからの世の中では「自分がどう感じるか」が価値の源泉になっていく。それは確実な流れです。だから、どうせ社会に出たら機械がやってくれることに過度の時間を使わなくていいし、そんなことに情熱を傾けるなら、自分なりにやりたいことを見つけてレア化を目指してほしい。

柴山 それは、世界的な傾向なのでしょうか。

安宅 そうだと思いますよ。機械にできることは、捨ててきたと思います。多くの主要先進国では、とくに中学・高校は計算機持ち込み可で授業をやっていると聞いていますし。その点で、日本は20~30年遅れているんじゃないでしょうか。もっとも問題なのは、初等・中等教育だと思います。義務教育の12年間で、保育園児や小学2~3年生までがもっている野性を完全に失いますからね。野性の中の良さというのは残して育てていってあげないといけない。小学校受験なんかさせたら、目も当てられません。

成長ではなく付加価値で勝負すべき

安宅さんに聞く「人口減でも日本は成長できる。G7並みは無茶じゃない」「どうして日本だけが内戦中のアフリカ諸国並みに低成長だったのか」と柴山さん

柴山 それにしても、どうして日本だけ25年も低成長だったんですかね。この間の日本の経済成長率は、内戦しているアフリカの国並みしかない。成長率だけ見ると、イラクやアフガニスタンのほうが戦禍にもかかわらず高いくらいです。

安宅 何かがおかしいですよね。特にこの15年間が異常。まさにインターネットやAIが、一気に花開いた時期ですから、アメリカあたりは、それをテコに産業のアップデートができたんでしょうね。日本はICT(情報通信技術)しかGDPがまともに伸びていない不思議な状況ですけど、産業がアップデートするところまできていない。つまるところ「宿題をしないまま来てしまった」んですね。

柴山 ということは、既成産業のうち、今からテクノロジーでアップデートする分野に行けば、レア人材になれるんですかね。ヘルスケアとか。

安宅 ヘルスケアは、もうすでに人が集まっていますよね。もう少しブームの前がいいと思うので、たとえば土木系とかですかね。土木系労働者340万人のうち、120万人があと10年で引退する、ということに気づいて、このままいくと橋梁も空港もトンネルもメンテナンスできなくなる!ICTを活用してなんとかしよう!という国家的な検討が今始まっています(国土交通省 i-Construction推進コンソーシアム)。たとえば、計測は機械を使うと3倍ぐらい効率がよくなる。こういうノウハウは輸出も可能ですし、同様の技術革新をあらゆる分野でやっていけばいいと思いますよね。個人がレア化を目指す際には、それがどういう分野か見極めるといいのではないでしょうか。

 あとは、コスト・プライシング(製造原価に利益を上乗せするかたちで、商品・サービスの価格を決めること)が、この国を蝕んでるな、というのは最近感じますね。

柴山 基本的に、この20年はデフレで値段を下げることで競争してきましたから、思考がそう固まっているのではないでしょうか。

安宅さんに聞く「人口減でも日本は成長できる。G7並みは無茶じゃない」「コスト・プライシングが日本を蝕んでいる」と安宅さん

安宅 価値にお金を払う方式に変えないといけない。お金を払う根拠がどこだ、ということを、商品・サービスの持つ価値ではなくコストベースでガタガタ言ってたら、iPhoneみたいにイケてる端末はできないんです。実質のコストでいえば、半額もあれば作れるかもしれないけど、粗利がたっぷり出てるからカッコよさを追求する余裕が生まれるんだ、ということを、腹落ちして実行しない経営者、マネジメントが多く、また発注側の国や自治体もしかり。プライシングの際に、目の前の国内市場しか見ていないことにも大きな問題がある。単なるスケールから事業価値が生まれなくなった現在、本当に豊かさを生み出そうとするならば、目に見えない価値、付加価値で勝負するしかないんですよ。