イノベーション創出に不可欠な半導体との向き合い方
内村 本日は、国が進める半導体戦略をいかに技術戦略と掛け合わせて、日本の勝ち筋につなげていくかというテーマで、新規事業開発のスペシャリストである茶谷さんと話し合いたいと思います。
茶谷さんは世界的な家庭用ゲーム機の構想・開発に携わり、『創造する人の時代』『プレイステーションの舞台裏』などの著書も出されています。茶谷さんの本には、示唆に富んだ言葉が幾つもちりばめられていますが、印象に残っているものの一つが、技術を事業へつなぐ「知っている・使える・創れる」というプロセスに関する言葉です。
茶谷 『創造する人の時代』で書いた言葉ですね。「知っている・使える・創れる」というのは、知識の習得から、その応用、さらには新たな価値創造へと進化していくプロセスを示したものです。ただし、2年以上も前に書いた本なので、発刊当時と比べてテクノロジーは飛躍的に進歩しており、今では「知っている」「使える」の二つは生成AIに置き換えられます。
オフィスちゃたに代表取締役社長 CEO
茶谷公之氏
専門知識を学ぼうとしなくても、大抵のことはAIが教えてくれますし、チャットボット型AIの普及によって、誰もがAIを簡単に使いこなせるようになりましたからね。人間に残されているのは、いかに新しいものを「創れる」かという最後のプロセスです。
半導体でいえば、どれだけのスペックを備え、どのような用途に使えそうなのかを知ったとしても、それが暮らしや社会にどのような価値をもたらすのか、という価値創造につながらなければ、競争力は生み出せません。日本の半導体戦略を勝ち筋へと導くポイントは、まさにそこにあると考えます。いかに「創れる」人材を育て上げ、創造的なマインドやスピリットに満ちた組織を築けるか、ということです。
吉本 私はかつて家電メーカーで半導体製造に携わっていましたが、日本の半導体は「家電に組み込まれるもの」であることを前提に開発されてきた歴史があります。そのため、新しい用途を「創る」という発想には、なかなか至りにくいところもあるのではないでしょうか。
茶谷 そうかもしれません。最初から用途が決められたものをつくろうとすると、どうしてもアイデアが派生しにくくなります。そもそも、半導体の機能が限定されてしまうと、応用できる範囲が広がらず、新しい技術につながりづらい。新たな事業や産業を創出する以前に、その前提となるイノベーションが進まなくなってしまうのです。
見方を変えれば、全ての出発点である半導体を、スペックだけにとらわれず、いかに多様な用途に使えるものにするかということが、日本の半導体戦略における重要なポイントになると思います。
創造性を育む組織のつくり方──「遊び」「妄想」を許容する企業文化とは
内村 茶谷さんが取り組まれた家庭用ゲーム機の事業は、まさに半導体と技術、創造性の掛け合わせによって、新たな事業が生み出された典型例だと思います。そうした価値創造の力は、何もないところから自然発生的に生まれるものではありません。「創れる」人を育て上げ、創造性に満ちた組織を形成するためには、何をすべきだと思いますか。
PwCコンサルティング執行役員 パートナー
ハイテク・通信・メディア事業部
内村公彦氏
茶谷 まずは、「遊び」や「妄想」を大事にする企業文化を醸成することです。日本企業はエビデンスや状況分析を重視しがちなので、どうしてもその枠の中から抜け出せず、飛び抜けた発想ができなくなってしまいます。
目の前の数字を確実に達成するため、周到な状況分析を行い、しっかりとした計画を立てて進めようとするのが、日本の企業経営者の典型的なスタイルです。しかし、2025年に亡くなられた野中郁次郎氏が語ったように、オーバープランニング(計画過剰)、オーバーアナリシス(分析過剰)、オーバーコンプライアンス(統制過剰)という日本企業の「三つの過剰」は、現場を疲弊させ、人々の持つ創造力や野性を劣化させる要因になりかねません。ですから、経営者が社員の「遊び」や「妄想」にもっと寛容になることが大切だと思います。
吉本 経営者自身も、数字だけにとらわれず、飛び抜けた発想をすることが求められそうですね。
茶谷 最近、私が提唱しているのは「算盤(そろばん)とロマン」です。渋沢栄一は経営哲学を『論語と算盤』という本に著しましたが、今の日本の経営者に求められているのは、道徳だけでなく、技術的なフィジビリティ(実現可能性)を前提としながら、夢のある事業を追求できるマインドだと思っています。これがなければ、創造性のある新たな事業をつくり上げることなど、到底できません。
内村 硬直化した組織の在り方も、日本企業の創造性を損なわせている原因の一つであるように感じます。
茶谷 おっしゃる通りですね。創造的なプロダクトやサービスは、事業の垣根を越え、さまざまな知見が掛け合わされる中から生まれやすいものです。しかし、残念ながら多くの日本企業では、事業部門ごとのサイロ化が進んでいるため、横の交流が生まれにくい。
私が提案したいのは、社内に何人かはいる「垣根を越える人たち」を大切にすることです。彼らは、あちこちの部署に行っては、別の部署から持ってきた花粉を振りまくミツバチのような存在です。そうした花粉の媒介者を生物学では「ポリネーター(送粉者)」と呼びます。企業にいるポリネーターは、一見遊び回っているように見えるので、最初は排除されがちですが、実は企業内で価値の連鎖を巻き起こしている人たちなのです。
そんなポリネーターの活動を奨励し、部門の垣根を越えて縦、横、斜めの関係性をつくり上げていくことが、創造性を備えた組織づくりのきっかけになるかもしれません。
内村 「イノベーションは周辺から起こる」という例も枚挙にいとまがありません。自分たちの専門領域だと思っていたら、他の部門が思わぬ発想や斬新な切り口によって、お株を奪うようなプロダクトやサービスを生み出すこともあります。コンサルティングファームとしては、クライアント企業における各部門のコラボレーションを促し、社内にいる異能の人や周辺の人との出会いをお手伝いすることで、イノベーションの創出に貢献したいと考えています。
日本の勝ち筋はAgeTechとロボティクス──高齢化社会を逆手に取る産業戦略
内村 ここまで創造性を育む組織について議論してきましたが、では具体的にどんな産業で日本は勝負すべきなのでしょうか。新たな産業の創出に結び付けるためには、高性能一辺倒ではなく、用途に合わせた電力やアーキテクチャーの選択なども必要となりそうですね。
吉本 「どんな半導体をつくり、どのように使っていくか」ということは、日本の技術戦略や、産業ごと、企業ごとの戦略に合わせながら長期的なロードマップを描く必要があると考えます。そのためには、半導体メーカーと事業会社が緊密にコミュニケーションを取り合い、アイデアの交流を深めることが大切です。
PwCコンサルティングシニアマネージャー
吉本 晃氏
内村 そう考えると、これからの半導体づくりは、日本がどのような新しい産業で勝ち筋を描くのかによって大きく変わってくるといえます。茶谷さんは、これから日本が勝てるのはどんな産業だと思いますか。
茶谷 最も有望なのは、高齢化社会に対応したAgeTech産業です。例えば、介護ロボットや、高齢者の生活動作を支援するアシストロボットなどが挙げられるでしょう。
こうしたAgeTech関連のプロダクトは、AIとロボティクス、ソフトウェアの三位一体で機能が発揮されるものです。日本の強みは、介護に不可欠な丁寧で気配りのある動作を再現する「おもてなしソフトウェア」が開発できること。それを長年“お家芸”としてきたFA(ファクトリーオートメーション)用のロボティクス技術と組み合わせることで、他の国にはまねできないAgeTech産業をつくり上げることができると考えます。
国が「高齢化社会に対応する技術と産業を生み出す」という明確な方向性を示せば、半導体産業も「それに合った製品を開発すればいい」という目標が描きやすくなるのではないでしょうか。
内村 われわれは、半導体産業や個別の半導体メーカーの発展を支援するコンサルティング活動を行っていますが、クライアントとの対話の中で、新しい産業をつくり上げるには国のイニシアチブや積極的な投資が不可欠だという話がよく出てきます。AgeTechの創出と育成に関しても、国による推進が求められそうですね。
茶谷 そう思います。日本は世界で最も早く高齢化が進行している国の一つなので、国内で生み出されたAgeTechのプロダクトやサービスは、より多くの高齢者を抱え今後ますます増える中国や、20年後、30年後に高齢化社会に突入する東南アジアの国々などに輸出できるようになるはずです。
また、AgeTech以外にも、災害復旧にロボットを活用する技術や、農業をロボットに行わせる技術など、日本の強みを発揮できそうなロボット技術は幾つもあります。ロボットは暮らしや社会に与えるインパクトが極めて大きいので、将来的な市場規模は、おそらく量子コンピュータの比ではありません。はるかに大きな市場となることが見込まれるので、国が先行投資をするのは理にかなっていると考えられます。
吉本 日本の半導体産業にとっても、いい話ですね。
茶谷 ロボット産業が発展すれば、動作を制御するための半導体も飛躍的に発達するはずです。
内村 半導体と技術力、未来のプロダクトやサービスを生み出す創造力の三つが緊密につながれば、今後の日本の勝ち筋が見えてきそうですね。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 半導体イニシアチブ
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