今、企業を売り買いするM&A市場は大活況です。
売り手側にとって有利な時代です。
しかし一方で、悪条件でだまされて安く買い叩かれたり、
不利な条件で会社を手放したりといった不幸な案件も増えています。

さらには、売却できたとしても、売却先の待遇で最悪の事態に見舞われてしまうケースもあります。
そうならないためには、買い手企業の精査、売り手企業の条件を拘束力のある形で盛り込んだ譲渡契約書の作成などが必要です。

会社を売却をする前に留意しておきたい点について、『あなたの会社は高く売れます』の著者が解説します。
(編集/和田史子)

あなたの会社は高く売れますライバル会社にだけは会社を売りたくない。そう思っていたのだけれど、思わぬ「トラップ」で最悪の事態に陥ったケースも…。しかもこのケース、非常によくあるのだという。

ライバル会社に売り飛ばされた!
買い手とライバル会社の恐るべき結託

アドバンストアイ株式会社
代表取締役社長 岡本行生氏岡本行生(おかもと・ゆきお)
アドバンストアイ株式会社 代表取締役社長
1968年香川県生まれ。東京大学理学部情報科学科卒、ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA(アントレプレナリアル・マネジメント兼ファイナンス専攻)。野村證券株式会社を経て、アドバンストアイ株式会社を設立。「会社の売却は生涯一度きり。中小企業にこそ、大手企業と対等に渡り合えるM&Aアドバイザリーサービスを」との思いから、両手仲介に脇目も振らず、助言一筋20年。たった一人のベンチャー企業から従業員が数百名の中堅企業、ときには数千名の大手企業まで、あらゆる規模のM&Aを手がけてきた。売上ゼロの技術ベンチャーや地方の老舗中堅製造業と世界的企業とのM&A、全国最下位の自動車販売会社が世界第1位に成長するまでの戦略的M&Aなど、到底不可能だと思われる案件も実現させた。公益財団法人日本生産性本部の講師として、中小企業診断士、金融機関やシンクタンクの事業承継担当者に対する中小企業のM&A研修も担う。主な著書に『あなたの会社は高く売れます』『いざとなったら会社は売ろう!』『中小企業のM&A 交渉戦略』(ともにダイヤモンド社)、『事業承継M&A「磨き上げ」のポイント』(共著・経済法令研究会)がある。

 ある地方の中古車販売会社のケースを紹介します。
 この会社のオーナーは病気がちでしたが後継者が不在で、早期の売却を希望していました。
 オーナーは売却価格よりも、購入から3年間は無償で修理に応じる自社独自の取引形態の維持と、従業員の雇用の安定を要望していました。

 独自の無償修理システムで顧客に長年愛され、地元で安定した業績を収めていた売り手企業には、多くの買い手が興味を示します。最終的に、A・B・C3社の競合となりました。

 同じ地域で競合関係にあり、他府県でも展開する地域有数の中古車販売会社のA社は、最高価格の5億円を提示してきました。
新車販売会社のB社とC社はそれぞれ、3億円と4億円を提示。価格だけで見れば、A社に売却するのが妥当な判断です。

 しかし、売り手企業のオーナーは「A社にだけは売却したくない」と表明します。

 同じ地域で、長年にわたって商売での衝突が絶えなかったからです。その原因は、保証についての考え方やアフターメンテナンスの方針が異なっていたことです。

 A社は、ユーザーの愛車を買い取ってすぐに十分な整備も行わず輸出業者に売ったり、顧客に安く売る半面、販売した後のメンテナンス対応が不十分だったり、対応したとしても高額の代金を請求したりしていました。
 効率化によって現場の販売コストを抑え、売り手企業よりも安い価格で売る方針でもありました。とにかく価格重視で規模拡大を志向し、商品の品質や従業員の育成に関しては非常に手薄に見えるため、ビジネスの基本スタンスの違いを痛感していたそうです。
 販売員やメンテナンスサービスのスタッフを充実させることを重視していないA社に売却すると、これまで培ってきた顧客の信頼を損ねるというのが最大の理由でした。

 オーナーは頑なにA社を拒否し、B社とC社のどちらかを選ぶことにします。
 新車販売会社は、自動車メーカーの正規販売代理店で、メーカーの指導も手厚いため、サービスの品質については充実していると判断できました。どちらの会社も信頼できる会社だったので、2番手の4億円で入札したC社への売却を決めます