ECBのドラギ総裁ECBが追加緩和を決定すれば周辺国も対抗し、市場金利が大きく低下しかねない(写真はECBのドラギ総裁) Picture alliance/gettyimages

 デンマークで第3位のJyske銀行は10年固定住宅ローン金利をマイナス0.5%へ引き下げたと先日発表した。同行はウェブサイトにおいて、なぜそれが可能となったのかを一般向けにデンマーク語で解説している。

 その内容を要約すると、同行が金融市場から資金を借りるために発行する債券の金利がより深いマイナスになっているため、マージンを乗せても顧客にマイナス金利のローンを提供できる状況にあるという。

 同行はキッチン、風呂場、ガレージの改修などにもマイナス0.5%のローンを適用するとして、顧客獲得に向けて積極的にアピールしている。また、他の大手行では、ノルデア銀行が20年固定住宅ローンを金利ゼロで提供している。

 そういった取引の一つの基準になるデンマークの10年国債の利回りは、今年初はプラス0.4%近くだったが、最近はマイナス0.7%近くへ急落した。その背景には、トランプ米大統領が仕掛けている貿易戦争を起点にした世界経済失速懸念がある。

 トランプ大統領は「米連邦準備制度理事会(FRB)が金利をもっと大胆に引き下げれば米経済はリセッションに陥らない。悪いのはFRBだ」とわめき続けている。

 こうした中、政策金利であるフェデラルファンド金利の先物市場がFRBの今後の利下げを織り込むにつれ、欧州の市場では欧州中央銀行(ECB)の追加緩和策の発動の予想が高まっている。

 米中貿易戦争の余波もあってドイツを中心に欧州経済は減速感を強めている。FRBの利下げでユーロの為替レートが上昇しないようにするためにも、ECB幹部はマイナス金利の深掘りや量的緩和策の再開を強く示唆し始めている。

 また、FRBもECBもインフレ率が目標の2%を超えないことに焦りを感じており、それも今後の利下げの強い誘因になっている。

 ユーロ圏の周辺に位置しているデンマーク、スウェーデン、スイスの中央銀行は、自国通貨の為替レート上昇を避けることを狙いに、ECBよりも深いマイナス金利を実施してきた。そのECBが9月にも追加緩和を決定するなら、それら周辺国も対抗上マイナス金利を深掘りする可能性が高まる。それを市場が予見するとそれらの国々の市場金利が大きく低下し、冒頭のようなマイナス金利の住宅ローンが現れるのである。

 欧州ではすでに多くの企業や保険会社、年金基金の銀行預金口座の金利がマイナス金利になっているが、ここに来てスイスの大手銀行が個人の富裕層の大口預金にもマイナス0.75%の金利を課す予定を発表した。このような世界的に異常な環境の中でプラスの利回りを確保できる運用対象となると、何らかのリスク(信用リスク、期間のリスク、流動性リスクなど)を伴ったものしか、もはや存在しない。

 マイナス金利による元本の目減りを避けたい機関投資家や個人の運用資金は、世界的にそういったリスクのある市場に大規模に流れ込んでいる。先行き流れが転換したとき、世界経済は強烈な衝撃に見舞われるだろう。冒頭で見たような個人がマイナス金利でお金を借りられる環境も、家計債務の行き過ぎた膨張を招く恐れがある。

 しかしながら現時点で世界の大半の中央銀行は、目先の為替レート上昇回避や低インフレからの脱却に目を奪われており、上述のような長期的リスクからは目をそらしている点が強く懸念される。

(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)