待望の新刊、『OPENNESS  職場の「空気」が結果を決める』が発売5日目に重版し、3万部を突破。著作の合計部数も30万部を超えた北野唯我氏。いま、人材マーケット最注目の論客であり、実務家だ。
その北野氏が、今回選んだテーマは、「組織」。発売即、重版が決まった自身初の本格経営書「ウチの会社、何かがおかしい?」という誰もが一度は抱いたことがある疑問を科学的、構造的に分析し、鮮やかに答えを出している。
なぜ、あなたの職場は今日も息苦しいのか。具体的に、何をすれば「オープネスが高い」組織がつくれるのか。明日、少しでも楽しく出社するために、一人ひとりができることは何か。本連載では、これらの疑問について、独自の理論とデータから解説する。

「暴言」と「パワハラ」で人を動かせる時代の決定的な終焉Photo: Adobe Stock

「なぜ、彼は辞めてしまったんでしょうか?」

 転職が当たり前になった時代だからこそ、経営者もまた困っている――。そう思ったできごとがありました。

 それは以前、地方で経営者200名前後を前に登壇する機会があったときでした。テーマは「現代における、強い会社の条件」。下は20代から上は70代まで、さまざまでした。
 私は「僭越ながら」という気持ちを持ちながらも、現代における「勝ち続ける組織の条件」について語りました。90分の講演を終えようとしていたとき、ある方が手を挙げました。おそらく、60代後半ぐらいだったでしょうか? 彼はこう言いました。

「お話ありがとうございました。とても参考になりました。ただ一点だけ質問があります」。 彼は、少しの間、自分の周りを取り巻く事業環境について説明してくださった上でこう言いました。

「最近、新卒から10年育ててきた子が、転職してしまいました。しかも、転職先は競合です。私は悔しくて悔しくて仕方なく、眠れない日が続きました。北野さん、私はどうすればよかったのでしょうか?」と。

 つまり、新卒から10年育てた人が辞めて、競合にいってしまったと。私は難しい質問だな、と思いましたが、なんとか答えを出しました。皆さんならなんと答えたでしょうか?

 あるいは、別の話もあります。とある誰もが知るような大きなメーカーでは、最近、中堅社員や、若手の離職が続いているといいます。その会社は、人材を育成することに積極的な会社だったこともあり、ある40代前後の中間マネージャーがポロっとこういったそうです。

 「これだけ、せっかく育ててやったのに、裏切るなんて。だったらいっそ、育てないぐらいの方がマシだ」と。

 つまり、辞めることがわかっていたら、最初から教育なんてしなかったのに、と言ったそうです。さて、みなさんはこの意見をどう思うでしょうか?

若手は過去ではなく「未来」を見ている

 「せっかく育てた人材が、なぜ辞めたかわからない」「転職するなんて、裏切りだ」――もしそう思った方がいたとしら、私の意見はこうです。
 それは、はっきりいって「リーダー失格」です。あまりにもアマチュアな考えだと思います。正確に言うならば、あまりにも今の時代には合っていない考えである、と断言せざるをを得ません。

 なぜ、若手が辞めるのか。なぜ、中堅が辞めるのか。その理由は千差万別です。でもシンプルに言うならば、その理由は「長く勤めることの意味やメリットが弱いから」に尽きます。

 今と、15年前では時代が全然違います。中堅社員から見た大きな会社というのは、「安定していて、そこまで必死にならなくて楽にお金も稼げて、このままある程度は安心して働ける会社」として見えているかもしれません。あるいは「この先、比較的面白そうな仕事がようやく回ってくる」と期待する人もいるかもしれません。

 しかし、反対に今の若手や、中堅、具体的には20代から30台前半からすると、会社の見え方は全然違います。ざっくりいうならば、こうです。

 「この会社が、悪くない会社ではないのはよくわかっている。人間関係だってそれほど問題はない。でも、この先はどうだろうか? 上を見ると仕事に熱意をもって働いてるカッコいい大人は、どれぐらいいるんだ? もちろん、いるのはいるが、俺たちの世代が先輩たちの年になるまで、何年かかるんだ? それにそのとき、この会社がどうなっているか分からないだろう」

 何が言いたいかというと、つまり、実は彼らは将来への冷静な判断をしている、ということです。私も大企業にいたからこそ感じますが、多くの会社の研修や人材育成というのは、過去をベースに作られています。

 この10年、この20年のベストプラクティス、システムを基盤にして作られている。何で成功してきたのか、どうやって今のビジネスを作ってきたのか、それを知ることに重きが置かれています。

 ですが、若い人たちが求めているのはそれではない。「今」であり、未来に役立つ力、なのです。だって、会社の看板が必ずしも自分をこの先もずっと守ってくれるわけではないからです。だとしたら、この先をどう生きていくか? 楽しく進んでいくか? の方がはるかに必要なのです。

 もし、リーダーが、彼らの気持ちを理解せずに「せっかく育ててやったのに。裏切り者め」と思ったのではあれば、それはあまりに自分の都合でしか物事を見ていないと私は感じます。これはたとえるなら「離婚するぐらいなら、お前と結婚しなければよかった。金返せ」というレベルの低次元の話なのです。先程私が「リーダー失格である」といったのはこういう理由から来ています。

性善説のマネジメントが難しい理由

 ではどうすればいいのか?

 それは、やはり、組織やリーダー側が、マネジメントの方法をアップデートするしかありません。上意下達のマネジメント、過去からのベストプラクティス思考だけでは、人はついてこない時代になりました。私たちビジネスリーダーこそ、新しい組織戦略を体系的に学ぶ必要が出てきているのです。

 性善説のマネジメントと、性悪説のマネジメント。この二つは二項対立のように、これまでもずっと論じられてきました。私自身は確信していますが、どちらの方が難しいか?というと、それは明らかに性善説のマネジメントです。その理由は単なる技術の問題ではありません。むしろ心理的な話です。

 実は性善説のマネジメントの方が「人間の心の弱さ」と直面することが多いからです。

 人を信じること、情報をオープンにして裁量を与えること、それはものすごく勇気のいることです。これはリーダーだけではありません。メンバーもそうです。性善説のマネジメントの下にいるメンバーは、より高いモラルを求められます。
 そしてそれを実現するには、かなりレベルの高い採用力が必要になります。なぜなら、性善説が成り立つには「誰をバスに乗せるか」こそが、KSF(Key Success Factor:成功の要因)だからです(というのも、性善説のチームには、たった一人でもテイカーと呼ばれる極めて利己的な人間が混じると、一瞬にしてチームのバランスが崩れるからです)。

パワハラで人がついてくる時代は終わった

 先日、「三菱電機の新入社員が自殺してしまった」というニュースが流れました。まだ事実関係は定かではないですが、現時点では、その理由は上司によるハラスメントの可能性があるといいます。

 私はこのニュースを見たとき、日本のマネジメント層は新しい組織戦略を学び直し、絶対にレベルを上げなければならない、と確信しました。「死ね」という暴言や、パワーだけで人がついてくる時代はとうの昔に終わっているのです。なぜ自殺が起きるまで追い込む必要があるのか。それはマネジメントの側に、自信がないからなのです。

 なにが言いたいのか?

 もしあなたや、あなたの周りの上司が「転職するやつなんて裏切りものだ。そんなやつなら採らなければよかった」「最近の若い奴は根性がない」、こういう発言をしていたのなら、間違いなく、それは赤信号です。その上司(会社)のほうが、時代に追いつくために、この時代にあった組織戦略を学び直すタイミングにあるのです。そしてそのヒントこそが、『OPENNESS  職場の「空気」が結果を決める』のテーマである「オープネス」「開放性」を軸にした組織戦略なのです。