豊臣秀吉は
『北斗の拳』のラオウ

――作画する立場から特に好きなキャラクターはいますか?

 商売なので、誰が好きとか言っている場合ではなく、一人一人のキャラを作るのに命懸けです。もちろん、慶次には力を入れていましたが、豊臣秀吉も徳川家康も千利休も、全員魅力的でないと、絵が持たないのです。全員好きにならないといけない。映画の監督みたいなものです。

 原作では、慶次と秀吉の会見は物語のメインとなる部分です。だからそこはきちんと描かなければならないということは、連載開始時点からずっと頭にありました。ですから、あえて選ぶとすれば秀吉でしょうか。秀吉が最大の敵ですから。『北斗の拳』でいえばラオウです。

――となると、一番好きなシーンもそこですか?

 そうですね。慶次が秀吉に対してどのようにかぶくのかと原作のそのシーンの具現化には特に悩みました。そこにあらゆるアイデアをつぎ込んだ記憶があります。そのため、秀吉との謁見の一連の流れを思い付いたとき、「これだ。これでいける!」「絶対に(連載中で)1位を取れる!」とうれしくなりましたね。

 でももう一つ気に入っているシーンがあります。慶次が怒ったとき、それを表現するために手にしているキセルをトーントーントーンと、3回鳴らす仕草です。その後にパーン!と相手を殴ります。

――あのシーンは毎回、ドキッとしますね。秀吉との謁見後も、連載はまだまだ続きますが、ストーリーは原作の流れに沿ったのでしょうか。

 当初は隆先生から毎回、お話を頂く予定でしたが、連載開始前に亡くなられてしまいました。出会ってたった2カ月。残念でしたね。

 亡くなる前に隆先生が病室で「雲のように生きたいんだよ」と仰っていて、それがタイトルの「雲のかなたに」となりました。いい出会いというか、最後にバトンを渡された感じがしましたね。隆先生の思いや精神を受け継ごうと心に定めました。

――連載開始時には隆先生はすでに亡くなられていたのですね。

 そうです。初めてお会いしたときはすでに病院でした。隆先生の小説『鬼麿斬人剣』の登場人物を描いて、「こういう感じでどうでしょう」と隆先生にお見せしました。すると、「いいねいいね、どんどんやってよ」と仰ってくださいました。

 連載開始前にまず「読み切り(1話完結の話)」を1本描くのですが、そのためのお話を隆先生に頂戴しました。でも隆先生に見てもらえたのはネーム(絵コンテ)まで。漫画の原稿が仕上がるところを見てもらうことはできませんでした。

 残された小説『一夢庵風流記(いちむあんふうりゅうき)』を原作として連載を始めることになりましたが、漫画にするには情報量が足りない。困ったなと隆先生のルーツを探っているうちに、隆先生が『葉隠(はがくれ)』という本を大事にしていたことを知りました。『武士道というは死ぬことと見つけたり』というフレーズで有名な、江戸時代の武士の口伝集ですね。

一夢庵風流記と葉隠上:漫画『花の慶次―雲のかなたに―』の原作となった、隆慶一郎氏の小説『一夢庵風流記』/下:隆慶一郎氏に大きな影響を与えたとされる江戸時代中期の書物『葉隠』。佐賀藩士、山本常朝の口述を田代陳基が筆録したもの(画像は講談社発行の現代語訳)

 隆先生はもともとこの本をあまり好きではなかったようです。海外の作家の詩集を戦地でも読みたかったらしいのですが、戦時中なので没収されてしまう。そこで、やむを得ず当時の陸軍将校が愛読していたというこの分厚い『葉隠』を持っていったようです。ただし、中をくりぬいて別の本を隠して。

 隠し本も読み終えてしまい、仕方なく『葉隠』を読んだところ、それがむちゃくちゃ面白かった。そこからこの本にのめり込んでいったみたいです。