外交官の経験から導き出した
独自の「ICBM戦略論」
大学院での講義や各地での講演で最も関心を引くテーマの1つは、「ICBM戦略論」である。これは、広く確立した戦略論ではないが、私が外交官としての長年の経験から導き出した自分自身の戦略論である。
私が携わった、1980年代の貿易摩擦激しき頃の対米経済交渉、1990年代の普天間返還や日米防衛協力ガイドライン策定など冷戦後の日米安保再確認のための対米安保交渉、2002年9月17日の小泉純一郎首相のピョンヤン訪問にいたる対北朝鮮交渉など、困難な交渉を行なった際の自分の経験から、この「ICBM戦略論」が形づくられた。
これは、外交戦略や外交交渉だけではなく、民間企業の戦略策定や交渉にも広く応用が利く考え方であると思う。今回のコラムでは、この「ICBM戦略論」を、現下の日本外交の最大の課題である尖閣諸島を巡る対中関係への戦略に当てはめて、考えてみることとしたい。
ICBM(Inter Continental Ballistic Missile=大陸間弾道弾)は、米国とロシアの全域をカヴァーできる5500km以上の射程を持つミサイルと定義される場合が多い。小型化した核弾頭を装着した極めて精度の高い長距離核ミサイルは、強い抑止力として機能しており、究極の戦略的兵器と言える。
ただし、私が論じるところの「ICBM」は、Intelligence=情報、Conviction=確信、Big picture=大きな絵、Might=力という意味を表す。すなわち、戦略は特定の目的を成就するための手立てであるが、十分な情報を持って戦略目的についての確信を得、大きな絵を描くとともに、力を活用することが大変重要となる。
この考え方を対中戦略に当てはめてみよう。まず尖閣諸島を巡って日中それぞれが置かれた状況の評価、並びに短期、中長期の情勢の評価が必要となる。「Intelligence=情報」は収集、分析、評価という三段階から成り立っているが、最も重要であるのは、この三段階目、情報の評価である。