「社会を設計するプログラマー」たち

 シミュレーション科学はコンピューターと共に発展した分野だが、『ファウンデーション』シリーズは1950年代という、コンピューターの黎明期といっていい時期に生まれた作品である。初期のファウンデーションにはコンピュータそのものは登場しないが、この時代に「シミュレーションを窮めれば、人類の未来さえも科学的に予測可能」というビジョンがSFで提案された意味は極めて大きい。またハリ・セルダンは、安定した未来発展のためには、銀河帝国の崩壊後をサポートする科学者集団が必要であると心理歴史学から予測し、シリーズ名の由来でもある科学者コミュニティ「ファウンデーション」を設立する。

 SFに描かれてきた数々の科学的な未来予測、特にセルダンのシミュレーションや彼のプランを守るファウンデーションのアイデアは、生まれたばかりの分野であったコンピューターに関わる研究者、技術者、起業家たちを結果的に大きく鼓舞したと考えられる。つまり、あなたたちは社会を設計するプログラマーだと、いわばロールモデルを示したのだ。

 影響を受けた近年の象徴的な例は、台湾の政治家であるオードリー・タンであろう。優秀なプログラマーであり、かつ、人々の動機を重視した制度設計を志向する彼女が、銀河帝国の滅亡から始まる社会制度の変革と、その中での技術者の重要性を示した『ファウンデーション』シリーズを愛読書に挙げている理由を、今の台湾を取り巻く政治・経済状況と照らし合わせて考えてみるのも面白い。

シミュレーション科学の発展に影響をおよぼした架空の学問とは『ファウンデーション』シリーズは、台湾のデジタル担当政務委員オードリー・タンをはじめ、社会変革に取り組む多くのリーダーたちを魅了した Photo:AP/アフロ

 最後に、今はインターネットの時代である。人間同士のコミュニケーションはアシモフの予想を超えたスピードで発展し、ソーシャルネットワーク上での人間同士のやりとりは、さらに観測がしやすくなっている。こうした状況を踏まえ、マルチエージェントシミュレーション分野の研究者たちの一部は、計算科学技術を用いて人間行動を分析する新しい分野である「計算社会科学」に合流している。

 アシモフの『ファウンデーション』から約70年が経ち、人類はついに、膨大な人間行動を直接観察し、またそこに干渉できるようになってきた。ソーシャルネットワークでつながった社会における、人間同士の同調圧力や承認欲求、フィルターバブルやエコーチェンバーといった現象を作品に織り込んだ、新しいSFも登場してきている。

 そのトレンドから、あなたはどのようなビジネスチャンスのヒントを得るか。SFを読みつつ、そのシミュレートをしてみるのも良いだろう。