今年の3月、ESG経営を推進してきた仏ダノンのエマニュエル・ファベールCEOがアクティビストによって解任させられた。短期的な利益と長期的なESGへの取り組みの両立は難しいといった論調の報道が散見されるが、楠木建 一橋大学教授は「ESGに取り組んでいるのに業績が問われるのであれば、そもそも本業に問題がある」と辛辣だ。
2021年3月19日に開催され、大好評のうちに終わったセミナー「三位一体の経営で、失われた30年を取り戻す」より、楠木建 一橋大学教授、中神康議 みさき投資社長、清水大吾 ゴールドマン・サックス証券業務推進部長の3人によるディスカッションをお届けする。(構成:上村晃大)

ESGに熱心だが業績を上げられないCEOは<br />どう評価されるべきか楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年生まれ。89年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年から現職。専攻は競争戦略。『逆・タイムマシン経営論』(共著、日経BP)ほか著書多数。

経営者・従業員・株主の対立関係を解消する
「長期」の視点

楠木建(以下、楠木) 楠木と申します。先ほどからの中神さんの話に続けて、私からは「長期」というキーワードについて申し上げたいと思います。私が中神さんによるで1つ異論があるのは、「長期の本質とは何か」ということです。

「長期」という概念は、単に物理的な時間が長いことかというと、そうではない。例えば、「うちの会社は80四半期先、20年先まで考えている」と言われても、長期ということにはなりません。中神さんのを読んでつくづく思ったのは、トレードオフのものをトレードオンに転化させることこそ、長期という発想の本質だということです。

 高度成長期の日本では、労使一体、二人三脚で会社を動かしていました。ところが株主は置いてけぼりです。外野が特に何も言わなくとも、業績が伸びて株価も上がっていったので、そういう構造が続いていました。

 それに対してアメリカは、金融資本主義というと言い過ぎかもしれませんが、経営者と株主ががっちり組んでいます。今度は従業員が置いてけぼりです。そうして経済格差が拡大するという構図です。

 ところが、失われた30年の間に、日本での労使二人三脚の構図が崩れてしまいました。今は非常に原始的な三者対立のトレードオフ関係に入っているように見えます。従業員は労働の安定性が失われたと責め立てます。経営者は、株主はアクティビストで短期性のことばかり言い、経営の実態を理解していないと批判します。株主は当然、内部留保が多すぎると経営者を問いただします。つまり、アメリカよりもむしろ日本のほうが状況は深刻で、三者が対立する状態になっているのが現状ではないかと思います。

 ただしこれは、ある一時点を切り取るからそう見えるだけ。長期で考えるとどうなるか。会社がきちんと複利で超過利潤を出す。当然、株価は上がる。株主も喜ぶ。それをきちんと労働分配していれば従業員も喜ぶ。最後にあったように、従業員がある程度の株を持つようになれば、当然、株主と従業員のこれまでの対立関係が解消されます。これが三位一体ということです。

 要するにまったく同じことを見ているのに、時間の取り方を変えただけで、トレードオフに見えたりトレードオンに見えたりします。放っておくとみなが短期に流れていく世の中で、誰かが長期視点を取り戻さなければいけません。その役割を担うのが経営者です。短期では説明できないようなリスクやコストについての意思決定は経営者しかできません。

 また、いろんな投資家がいる中で、中神さんのような長期厳選投資家は、仕事の性質からして、どうしても長期で物事を見ざるを得ない。これも、多くの人が短期に流れていく世の中を長期に取り戻す役割を担う一角になります。

 その点で、講演の最後のほうにあったように、実は一部の株主と経営者は役割が似ている。薩長同盟の可能性があるということです(第6回参照)。長期視点に立っている、その一点で実は共通している。長期投資家としていろんな企業を見ている中神さんは、どう思いますか。