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「見える化」と「見えすぎ化」(その1)

楠木 建 [一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授]
【第30回】 2013年1月10日
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「見える化」が重視される理由

 例によって古い話になるが、「見えすぎちゃって困るの~」という住宅用アンテナのCMソングがあった(歌唱はもちろん故青江三奈。この人は日本が生んだ昭和の大ヴォーカリストとしてもっと尊敬されるべきだと常々思っている。有名な『伊勢佐木町ブルース』の「ダダッタタララララ、アーン、アーン」ばかりが引き合いに出されるが、この歌のスキャット部分の、ギリギリまでわざとモタる歌いまわし、センスのよさが際立っている。『恍惚のブルース』のしっとりとした歌唱も最高。以上、余談終わり)。

 経営にとって「見える化」が大切だという認識が広まっている。「そのままでは見えない経営にかかわる現象を、客観的に測定できる次元で把握できるようにすること」、これが一般に共有されている「見える化」の意味合いだろう。

 ただし、である。「見える化」が自走・暴走すると「見えすぎちゃって困るの」となり、経営能力やリーダーシップが蝕まれてしまう。「見える化」と「見えすぎ化」は紙一重、というのが僕の見解だ。

 「見える化」が大切だということに異論はない。体重計があった方が減量しやすい。オペレーションの本質をついた考え方だ。日常の企業活動で繰り返し起こるような現象や成果を、きちんと測定し、蓄積し、分析し、将来の活動や判断の指針とする。一つ一つは小さいことであっても、こうしたことができる企業とできない企業ではオペレーションの能力に大きな差がつく。

 「見える化」という経営思考が重視されるようになった背景には、少なくとも以下の3つの潮流がある。第1は、経営のさまざまな分野でのITの利用が進んだこと。ITの進歩に伴って、20年前であれば、不可能であるほどにコストがかかった「見える化」が、ITのパワーのおかげで容易になったことはいうまでもない。

 第2に、ファイナンスの分野を中心に、定量的な意思決定ツールの開発が進んだこと。従来からDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法などさまざまな手法あったが、近年ではさらに新しい定量的意思決定のツールが次から次へと出てきている。

 例えば、リアルオプション。ご存知の方も多いと思うが、これはコール(買う権利)やプット(売る権利)といった金融資産についてのオプションの考え方を、プロジェクトや事業といった「実物」の資産に応用するという考え方だ。DCF法では現時点で将来にわたるキャッシュフローを固定して現在価値を計算するため、将来の不確実性の大部分が捨象されてしまう。これに対して、リアルオプションの手法を使えば、不確実性を含んだまま現時点での経済的価値を算出できる(ということになっている)。そのコストを小さくするという意味で、ITの発達と普及が「見える化」を促進する供給側の要因であるのに対して、こうした定量的手法の開発はその必要性と価値を高める需要側の要因になっている。

 第3の背景として、投資家のパワーが日本でも強まり、株主に対するアカウンタビリティが強く求められるようになったということがあるだろう。株主は、数字で見えるものにもっとも反応する。あっさりいってしまえば、「見えるものしか見ようとしない」という抜きがたい性癖がある。外部に対する説明可能性なり経営の透明性を向上させるためにも、「見える化」が有用になるという成り行きだ。

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楠木 建 [一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授]

1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。2010年5月に発行した『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)は、本格経営書として異例のベストセラーとなり、「ビジネス書大賞2011」の大賞を受賞した。ツイッターアカウントは@kenkusunoki


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