東西冷戦期、ドイツが東西に分裂し、「ベルリンの壁」で東西両陣営が対峙した。旧ソ連の影響圏は、「東ドイツ」まで広がっていた。しかし、現在ではベラルーシ、ウクライナなど数カ国を除き、ほとんどの旧ソ連の影響圏だった国が北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)加盟国になった。

 つまり、東西冷戦終結後の約30年間で、旧ソ連の影響圏は、東ドイツからウクライナ・ベラルーシのラインまで後退したということだ。

ロシアが懸念する、自由民主主義の浸透

 2014年に、ロシアがクリミア半島を占拠した。「大国ロシア」復活を強烈に印象付けたというかもしれないが、それは違う。ボクシングに例えるならば、まるでリング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたボクサーが、かろうじて繰り出したジャブのようなものではないだろうか(第77回)。

 今回のウクライナ危機も、ロシアと米国、NATOの力関係の構図は同じだ。だが、ロシアの状況は、2014年より深刻だ。2014年のロシアによるクリミア半島併合後、ウクライナでは自由民主主義への支持が高まった。NATO・EUへの加盟のプロセスは、具体的に動いてはいないが、実現可能性は高まっていたからだ。

 ロシアと国境を接し、ロシアとの二重国籍者もいるというウクライナ(法的にウクライナでは認められていない)が自由民主主義陣営に加わることは、ロシアには絶対に容認できない。NATO軍と直接対峙するリスクだけではなく、ロシア国内に自由民主主義が浸透していく懸念もあるからだ。その懸念の大きさは、プーチン大統領の米国とNATOに対する要求を読めば明らかだ。

 プーチン大統領は、「NATOがこれ以上拡大しないという法的拘束力のある確約」「NATOがロシア国境の近くに攻撃兵器を配備しない」「1997年以降にNATOに加盟した国々からNATOが部隊や軍事機構を撤去する」の3つの要求をしている。

 これは、1997年以降のNATO加盟国である中欧、東欧、バルト3国からNATOが撤退し、NATOの範囲が1997年以前の状態に戻ることを求めていることになる。到底、米国、NATOがのむことができない強気な要求にみえる。

 だが、プーチン大統領の要求は、一見強気な姿勢とは裏腹に、実はロシアの苦境を示している。拡大を続けるNATOをなんとか止めなければ国家存亡に関わる。必死の「守り」なのである。