先の衆議院総選挙でも争点となったTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。このたび誕生した安倍自民党政権は、「聖域なき関税撤廃が条件である限り反対」の旨を表明しているものの、交渉参加は進むとの見方が広がっている。ただ、TPP参加は「農業等の産業を壊滅させる」「米国の日本の国内市場参入を狙う政治的圧力」というような否定的な声が未だに少なくないのも事実だ。「TPPが日本経済活性化の契機になる」と語る国際基督教大学・八代尚宏客員教授が、こうしたTPP推進反対派による“5つの誤解”を解き、TPP参加によって生まれる日本経済の新たな形を指し示す。

1.なぜ戦後日本は豊かな国になれたか
自由貿易は経済発展の基本戦略

TPP反対派“5つの誤解”とは何か<br />――国際基督教大学客員教授 八代尚宏やしろ・なおひろ
国際基督教大学教養学部客員教授。経済企画庁、日本経済研究センター理事長等を経て、2005年より現職。著書に『労働市場改革の経済学』(東洋経済新報社)、『新自由主義の復権』(中公新書)などがある

 戦後の世界的な自由貿易体制の成立でもっとも大きな利益を得た国が日本です。自由貿易のおかげで、国内資源が乏しいというデメリットは、世界中から安価な資源を輸入できるメリットに変りました。また、先進国の豊かな市場に製品を売り込むことで、多くの日本企業が世界的な企業へと成長し、豊かな国を作り上げました。このため、日本政府は、世界貿易機構(WTO)での一括関税率引き下げや、貿易自由化と国内制度改革を合わせた二国間の経済連携協定(EPA)の締結を積極的に進めてきました。

 韓国、豪州、EU、米国の順でEPAの対象国を拡大することは、過去からの既定路線であり、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加も、その延長線上に過ぎません。ただ、それがオープンな議論を経ずに、菅直人元総理の唐突な声明で示されたことが、無用な反発を受けたひとつの原因です。

 TPPは農業等を犠牲にし、大企業の輸出を増やすためのものという見方は、「輸出は善、輸入は悪」という国内生産者の立場に偏った見方です。今日の日本経済にとって、自由貿易の利点は、むしろ市場競争が妨げられている非製造業分野の改革にあります。もっとも、価格や生産面の規制に縛られた農業等の分野で一挙に自由化が進めば、悪影響が生じる可能性はありますが、それは低生産性の事業者を競争相手から保護し、消費者に大きな犠牲を強いてきた保護政策の弊害です。こうした過去の政策の誤りを正す絶好の機会がTPPであり、それは日本自身にとっての必要な改革なのです。

 1964年は東京オリンピックだけでなく、日本がOECDに加盟した年でした。先進国の一員となるためには、対日直接投資の自由化を受け入れなければならず、そうしなれば自動車をはじめとする日本の製造業は、巨大な米国企業に蹂躙されるという恐怖感がありました。しかし、それは日本経済の発展のためには乗り越えなければならない壁であるという官民の共通認識から、米国に負けない競争力を実現し、その後の製造業の躍進に結びつけたのでした。なぜ、同じことが、農業やサービス業でできないのでしょうか。TPPも最短で10年間の猶予期間があり、その後も補助金等の財政措置での保護も可能です。