【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由

新型コロナウイルス第7波が続くなか、自宅で過ごす夏休みを迎えた家庭も多い。子どもがYouTubeやゲームに夢中になる時間が長くなり、自宅学習の在り方に悩む方も多いのでは。
そんな状況でぜひおすすめしたいのが、『わけあって絶滅しました。』シリーズ。累計90万部を突破し、4作目となる最新刊『わけあって絶滅したけど、すごいんです。』が7月に発売されたばかり。大阪では、初の大型展覧会となる「わけあって絶滅しました。展」(2022年9月4日まで)も開催中の、大人気作だ。
4歳から98歳までの幅広い読者から寄せられた読者ハガキは1000通あまり。
大きかったのが、子どもをもつ親からの反響。「子どもが生き物に興味をもって、図書館に通うようになった」「本の内容を暗記して、教えてくれる」「親子で水族館や博物館に行くようになった」といった、子どもの変化に対する驚きの声が絶えない。
本シリーズの監修者である今泉忠明氏は、「絶滅生物は、子どもの好奇心を伸ばすのにぴったりのテーマ」だと語る。「絶滅」を知ることで起きる変化について聞いた。(取材・構成/樺山美夏、撮影/橋本千尋)

半径1メートルの「不思議」から、子どもは勝手に学んでいく

―― 今泉先生は「動物学者」というお仕事をされていますが、子どもの頃から生き物に興味があったんですか?

今泉忠明(以下、今泉):生き物に触れる機会は多かったです。ザリガニを捕ったり、カエルを捕まえてエサにしたり。兄と山でネズミやモグラを捕る競争をして、標本を作ったりもしていました。山ネズミは小さくて可愛いんですよ。ドブネズミなんて1回も触ったことないですけどね(笑)。

 子どもの好奇心って、半径1メートルの不思議からはじまるんです。「勉強しなさい!」って強制されてもやらないけど、身近な不思議にはぐいぐいのめり込む。面白そうなものが近くにあれば、勝手にはまっていくんじゃないかな。

―― 環境の面でいうと、お父様が動物学者だったことも大きいですよね。今泉先生は子どもの頃から動物採集に同行して影響を受けたそうですね。最初に研究したのはどんな動物でしょうか?

今泉:イリオモテヤマネコです。最初は、西表島にいる動物を調べました。イリオモテヤマネコが食べる生き物は、鳥も昆虫もヘビもすべて調べたので、その経験がすごく勉強になりましたね。

 何かを「知りたい」と思ったとき、テーマを絞りすぎず、いろいろ調べてみると大きい収穫があります。

■絶滅を学ぶと変わること① 「人間基準」の評価をしなくなる

―― イリオモテヤマネコは絶滅危惧種ですね。もしも『わけあって絶滅しました。』シリーズを読んだ子どもが、今まさに絶滅しそうな動物に興味を持って調べようと思ったら、まず何からはじめればいいでしょうか?

今泉:生き物について学ぶとき、いちばん重要なのは「目線」なんです。人間はつい、動物を「かわいい」とか「かわいそう」といった人間基準で評価してしまう。でも、それでは研究はできません。どんな生き物も平等で、恐竜もネコもゴキブリも同じ生き物という、客観的なスタンスが必要です。

―― 学びはじめる一歩前の段階にポイントがあるとは!

今泉:「人間基準の目線をやめる」というのがまずやるべきことかな。しかし子どもというのは賢いもので、本を読んだりして生き物の知識が増えると、しぜんとそういった目線を持ちはじめることが多いんですよ。

目線が変わると、学びが深くなる

今泉:その目線で世界を見ると、環境破壊や地球温暖化の問題についても、考え方が変わってくる。「絶滅しそうでかわいそうだから、守らなくちゃ!」という発想から、一歩深くなるんです。なぜ、数が少ない動物たちを守らねばならないのか。保護区をつくるべきなのか、あるいは人工的に繁殖させたほうがいいのか。

 疑問の内容が変わるので、調べることも変わってきます。学びが深くなるんですね。本質的なSDGsの勉強にもなるでしょう。

■絶滅を学ぶと変わること② 「常識」から解放される

―― 新刊の絵本『わけあって絶滅したけど、すごいんです。』では、巻末に進化の歴史が一覧できるポスターが付いています。その長さに度肝を抜かれましたが、これはどういう意図で付けたんですか?

今泉:何かを学ぶとき、ざっくりでも「全体像」がつかめると、理解がぐんと早くなるからです。絶滅の年代は大きく「紀」で区切られ、それがさらに「代」で区切られています。その全体像を1枚の紙で眺めてもらい、生き物の進化の歴史を大まかに把握してもらうのが狙いです。

【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由1m弱もある、長いポスター。

―― たしかに、大人でもよくわかっていないかも……。なによりこの長さは魅力的ですよね! 私にも小学生の子どもがいるので、付録のポスターに興味津々でした(笑)。自由研究のテーマにもなりそうです。

今泉:「絶滅生物」をテーマに自由研究をするのは、いいと思いますよ。絶滅を学ぶと「常識」にとらわれなくなるんです。

 たとえばこの本の最初に出てくるディッキンソニアなんて、今の地球の生き物とはぜんぜん違う「なんじゃこりゃ?」って感じの見た目ですよね。そういう「当たり前がひっくり返る」学びって、すごくおもしろい。

 ディッキンソニアは古生代カンブリア紀の生き物で、カナダ西部のバージェス頁岩(けつがん)で見つかった「印象化石」から発見されました。印象化石というのは、生き物の体が岩などに押し付けられ、その跡が化石として残ったものです。つまり押し花みたいに、ぺったんこの状態。

 それを3D画像で立体に復元して、生きていたときの姿を想像いるわけです。ただ、実際の厚みがはっきりとはわかりませんから、違う形もありえます。お子さんに、自分なりに考えてもらうのもおもしろいかもしれません。

 大人は「わからないこと」を嫌がる人が多いですが、本当は「わからない」ってすごく楽しいこと。この絵本を通して、そのワクワクを体験する人が増えたら嬉しいですね。

■絶滅を学ぶと変わること③ 「強い」と「弱い」の価値観がひっくり返る

―― 絵本『わけあって絶滅したけど、すごいんです。』では、話の途中から小さなネズミのような生き物がこっそり登場します。あれはどういう意味があるのでしょうか?

今泉:生命の歴史は、逆転の歴史とも言えるんです。たとえば、目をもつ生き物が地球にはじめて登場したとき、かれらは目のない生き物だらけの世界で非常に有利でした。そして繁栄するわけですが、それは永遠には続かない。もっと早く泳げる生き物が現れ、そんな生き物から身を守れる硬い殻をもつ生き物が現れ、硬い殻をかみ砕ける生き物が現れ……と、次々逆転が起きて、繁栄と絶滅を繰り返しています。

 そして、そんな生き物たちの生存競争をリセットするように、とてつもない地球環境の変化による「大絶滅」も起きる。

 ライバルの出現や、突然の環境の変化によってそれまでの「強い」と「弱い」の関係が逆転するのが、進化の歴史なんです。

―― 価値観がひっくり返りますね!

今泉:今でこそ、我々人間をはじめとする哺乳類は、地球上のあらゆる環境で暮らしていますが、中生代の哺乳類はひっそりと夜に暮らす小さい存在でした。しかし、恐竜が滅んで、突然地上に大きい“空席”ができた。そこにひょっこりと台頭したのが哺乳類なんです。

 強かった恐竜の絶滅がなければ、今の人間の繁栄はない。だから、進化の歴史で一番面白いのは、ずっと日陰者だったほ乳類に、突然チャンスが降って湧いて大逆転するところなんですね。編集担当の金井さんにその話をしたら、おもしろがってくれて、大きな恐竜の足元に、小さな哺乳類をひそませることにしたんです。

【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由

大企業と同じで、強くて大きい生き物は環境の変化に弱い

―― チャンスは突然訪れる、と……。進化って、一筋縄ではいきませんね。

今泉:ええ。進化というのは、「よくなること」ではないんです。そもそも、「よい」「悪い」の正解なんて地球にはありませんから。環境に適応できないものが絶滅し、適応できたものが生き残る。その繰り返しが進化とも言えます。だから、ある環境では生きていけない生き物が、別の環境では生き残れることもある。

『わけあって絶滅しました。』で紹介していますが、シーラカンスは「深海」という限られた特殊な環境で長く生き続けてきました。カゲロウは寿命が短いことで逆に種として生き残りましたし、ホヤは泳ぐのをやめて生き延びました。

 生き残るために、わかりやすい「強さ」は必須ではないんです。むしろ恐竜のように体が大きい動物は環境の変化に弱い。大きくなると自由に方向転換できなくなるから。大企業と同じですよ(笑)。

 どんな生き物が最後まで生き延びるかは、誰にもわかりません。

【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由今泉忠明(いまいずみ:ただあき)
哺乳動物学者
東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加する。上野動物園の動物解説員を経て、東京動物園協会評議員。おもな著書に『野生ネコの百科』(データハウス)、『動物行動学入門』(ナツメ社)、『猫はふしぎ』(イースト・プレス)等。監修に『わけあって絶滅しました。』シリーズ(ダイヤモンド社)や『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)など。好きなどうぶつは、チーターやヒョウ等のネコ科。
【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由