一度見たら忘れられない、しかもまた見たくなる、トガったテレビCMでおなじみの日清食品。その背景には、「チキンラーメン」は64歳、「カップヌードル」は51歳、「日清焼そばU.F.O.」「日清のどん兵衛」は46歳、「日清ラ王」は30歳……と主力ブランドの高齢化があり、若年層ファンの獲得が経営の大きな課題となっている。その課題を解決するために、ブランド・コミュニケーションはどうあるべきか。講演会やセミナーには登壇する機会の少ない日清食品の安藤徳隆社長が、マーケティングのOS力を高めるオンライン勉強会「マーケリアルサロン」(ファシリテーターはインサイトフォース取締役の山口義宏氏。ダイヤモンド社主催)のトークイベント「最高にジャンクなのに最高にヘルシーな日清食品の完全栄養食テクノロジーとマーケティング」で語った内容を、この前編とつづく後編に分けてお届けする(敬称略)。

安藤徳隆・日清食品社長が語る「モノが売れる広告を追求すると、現代アートに近づいていく理由!」<br />ブランド・コミュニケーション戦略の裏側

幸運な三代目

安藤徳隆・日清食品社長が語る「モノが売れる広告を追求すると、現代アートに近づいていく理由!」<br />ブランド・コミュニケーション戦略の裏側安藤徳隆氏
日清食品株式会社 代表取締役社長

1977年大阪府生まれ。2002年に慶應義塾大学大学院修了。祖父である日清食品の創業者・安藤百福の鞄持ちを3年間務めた後、2007年に日清食品入社。2015年に日清食品社長就任。2016年に日清食品ホールディングス代表取締役副社長・COO就任。

こんにちは。日清食品社長の安藤徳隆です。

今日は、マーケティング起点の経営を推進するなかで実践していること、それから新規事業として今年から本格展開をスタートした完全栄養食プロジェクトについてお話ししていきます。

私は入社前に、創業者であり祖父にあたる安藤百福のカバン持ちをしていました。創業者は亡くなる直前までバリバリ働いていましたし、二代目の父(百福氏の息子で、日清食品ホールディングス 社長・CEOの安藤宏基氏)も現役で持株会社のトップを務めていますから、幸運にも、現役の経営者二人に育ててもらった三代目です。今は、日清食品グループの中核となる事業会社の社長であり、持株会社の副社長兼最高執行責任者(COO)という立場にあります。

まず、日清食品グループの概略を紹介させてください。

創業者の安藤百福が発明した世界初のカップめん「カップヌードル」は、昨年、発売50周年を迎え、現在は世界100超の国・地域で販売されています。二代目である安藤宏基が開発した「日清焼そばU.F.O.」や「日清のどん兵衛」も、ご存じの方が多いかと思います。

日清食品グループでは、そのほかにもさまざまな食品分野で事業を展開していて、時価総額は1兆円を超えています。

<日清食品グループで展開する商品の一例>
・明星食品:「チャルメラ」「一平ちゃん」
・日清食品チルド:「行列のできる店のラーメン」「つけ麺の達人」
・日清食品冷凍:「日清本麺」「日清もちっと生パスタ」
・日清シスコ:「シスコーン」「ごろグラ」
・日清ヨーク:「ピルクル」「十勝のむヨーグルト」
・湖池屋:「プライドポテト」「カラムーチョ」
・ぼんち:「ぼんち揚」

ブランド・コミュニケーションの3つのポイント

日清食品については、「変なテレビCMばかりやっている会社」といったイメージをお持ちの方が多いかもしれません(笑)。

ただ、その独特なブランド・コミュニケーションの手法が少しずつ評価されてきていると感じています。手前みそですが、「日経ビジネス」の「勝ち組企業のCMOが選ぶ 最強のマーケター」(2021年10月18日号)特集では、「プロマーケターが選ぶ マーケティングを見習いたい」企業ランキング(国内編)で1位(905点)に選出されました。

今日は、日清食品のマーケティング――実のところ、私は「マーケティング」という言葉はモノを売るニュアンスが強すぎと感じています。ですから、社内では「ブランディング」という言葉を使っていて、ブランド価値や付加価値を高めていくことに重きを置いています。今日は、日清食品の独特なブランディングの裏側についてお話しします。

日清食品がブランディングで追求しているのは、「商品が売れるブランド・コミュニケーションを自ら作る」という点です。

ただ面白いだけのテレビCMなら誰でも作れます。売上に繋がらないと意味がない、というのが我々のポリシーです。

そして、商品やブランドのことを一番理解している我々自身が、ブランド・コミュニケーションの基本骨格を作っていきます。一般的には、広告代理店にゼロベースで依頼して、提案された複数案から良いものを選ぶ、といった形が多いでしょうが、日清食品の場合、基本的な骨格は自分たちで作り、いざ制作する段になったら広告代理店さんや制作会社さんにサポートしていただくというスタイルをとっています。

日清食品がブランド・コミュニケーションで気を付けているポイントは次の3つです。

① ターゲットのマインドシェアを上げる
② サイバー戦を駆使した経営を行う
③ 現代アートに近い感覚でCMを作る

それぞれについて、もう少し詳しくご説明していきます。

① ターゲットのマインドシェアを上げる

日清食品の主要ブランドは、ライフサイクル的に高齢化しています。

安藤徳隆・日清食品社長が語る「モノが売れる広告を追求すると、現代アートに近づいていく理由!」<br />ブランド・コミュニケーション戦略の裏側たくさんのロングセラーブランド(セミナーの投影資料より)
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一般的なブランドの寿命は10~15年といわれていますが、この高齢化したブランドたちが日清食品の主要な収益源ですから、新鮮な、競争力を保っていかなければなりません。

そのためには、どうすればいいか。「次世代ロイヤルユーザー(若年層)の獲得」が最重要課題です。

カップヌードルの喫食率を年代別に見ると、30~40代が最も高く、20代以下には意外と食べてもらえていません。おそらく20代以下の方たちの選択肢は、ファストフードやスナック、コンビニ弁当などに分散しているうえ、カップヌードルというブランドへの思い入れも、上の年代層に比べてそれほど強くない。若年層にとっては「そこにあって当たり前」のブランドだと感じられていることも問題です。

だからこそ、カップヌードルをスマホと同じぐらい「絶対にないと困る存在」に変えていく――つまりは、彼らの「マインドシェアを上げる」ことが重要だと考えています。

日清食品の考える「マインドシェア」とは、「ターゲット層の脳内にある興味・関心の占有率」です。ユーザーが日頃からブランドの話題にどれくらい触れているかによって、マインドシェアは変化します。インスタントラーメンのような消費財は、ユーザーが前もって買おうと決めている「計画購買」でないので、マインドシェアの高いブランドを選択する確率が高まります。だからこそ、マインドシェアが大事なんです。

② サイバー戦を駆使したブランド経営を行う

若年層のマインドシェアをアップするために、次の3つの同時展開しています。

・テレビCMを中心とした宣伝活動による「空中戦」
・営業を中心に店頭での露出を高める「地上戦」
・空中戦と地上戦をSNSマーケティングでつなぐ「サイバー戦」

この3つについて、事例を挙げながらもう少し説明します。

◆事例1:「ONE PIECE (ワンピース)」をモチーフにした「カップヌードル」のテレビCM(2019年)

このテレビCMは、誰もが知っている国民的アニメ「ONE PIECE」に登場するルフィーやゾロといったキャラクターが、「もし普通の高校生だったら?」と妄想したパラレルワールドが舞台です。引っ掛かりを作るために、作画はあえてオリジナルの尾田栄一郎先生ではなく窪之内英策先生にお願いし、楽曲の「記念撮影」はBUMP OF CHICKENに書き下ろしてもらいました。

安藤徳隆・日清食品社長が語る「モノが売れる広告を追求すると、現代アートに近づいていく理由!」<br />ブランド・コミュニケーション戦略の裏側2019年のカップヌードルの広告

CM公開からわずか3時間で動画再生回数は300万回を超え、Twitterのリツイート10万件、いいね20万件にものぼりました。テレビCMは100万回再生をヒットの目安としているので、その拡散パワーの大きさがわかっていただけると思います。

このCMは「若年層が共感するフレームワーク」を作っただけでなく、何回も繰り返し見たくなるような仕掛けを施しました。総勢53人もの隠れキャラを忍ばせているんですが、CMを1回見ただけでは絶対に見つけられません。その隠れキャラを解説する動画がYouTubeに沢山投稿されたことで、再視聴をさらに後押ししてくれました。シリーズの合計動画再生回数は5150万回にのぼり、一定の予算で非常に効率よく宣伝できた事例です。

CMが流れて「なんだ、このCMは?!」と思ってもらえると、ユーザーはスマホですぐに検索して再視聴が進みます。CMを見た人は誰かに伝えたくなって、TwitterなどのSNSで感想が広がり、それがネットニュース記事になって、さらにエンゲージメントが高まります。すると、それぞれのユーザーのなかで「マイブランド化」が進み、マインドシェアが高まり、店頭での購買につながる、といったサイクルを作リ出しています。

加えて、ネット上で話題になると、テレビのワイドショーや情報番組も扱ってくれます。その結果、普段はあまりネットに触れないような層にも伝わり、ノンユーザーの興味・関心を引くことができる。

あとは、興味・関心が広がったタイミングで店頭にしっかり商品が並んでないと機会損失になるので、地上戦、空中戦、サイバー戦の足並みを揃えることが非常に重要です。

◆事例2:2021年に発売した「辛麺」のテレビCM

激辛市場は、2017年から2020年度で1.6倍に拡大しました。ある調査では、15~49歳の男女だと4人中3人が「辛いもの好き」という結果が出ているほどです。そこで、カップヌードルにも辛味系の商品が欲しいと考えて開発したのが「辛麺」です。

「どのような発想でCMを作っているのか」とよく質問されるのですが、そのときは「現代アートに近い感覚でつくっている」と答えています。といっても、わかったような、わからないような……ですよね(笑)。つまり、単なる食品のCMにしたくないし、「売れるCM」というのは「現代アート」なんじゃないかと思っています。

「現代アート」を分解して説明すると、「コンテクスト(文脈)を複数もっている」ことだと考えています。ブランドごとの世界観に合致したコンテクストを掛け合わせて、新しいCM表現へと進化させていきます。

たとえば辛麺の場合、「カップヌードルの辛い新定番の確立(カップヌードルのユニークな世界観は必要)」×「やみつき、クセになる旨辛味の訴求(クセになるアニメーションダンス)」という掛け合わせでCMを作っています。InstagramやTikTokで人気だったジャクソン・マイルズ・チャビスさんのダンス動画を見つけて、このダンスは辛麺の世界観を表現するのにぴったりだと直感したんです。

そこで広告代理店さんに連絡して、チャビスさんに連絡をとって欲しい、一緒に踊っているお天気キャスターのニック・コシールさんにも出演交渉して欲しい、と依頼しました。日清食品の場合、ここから広告代理店さんとの協業が始まります。

このCMも非常に話題になり、好感度ランキングで1位になりましたし、辛麺の売上も計画比150%を達成しました。

トガってないと、マインドシェアは上がらない

ここまで、事例とともに、ブランド・コミュニケーションの作り方についてご説明してきました。

私自身は、「どうすれば人の心に訴えかけられるか」を追求し続けているのですが、役員会では「意味不明なCM作って、何を考えているんだ!」としょっちゅう怒られています。ウェブサイトから送られているカスタマーメールでも、年配のお客様から「最近のCMはやかましい」とお叱りを受けたり、CMの内容を考査する第三者委員会が設置されて、悪さをしないように見張られています(笑)。

ただ、人の心をかき乱すくらいのCMでないと、他社のCMに埋没してしまうし、トガったところがないとマインドシェアは上がらない、という私のポリシーに変わりはありません

もちろん結果も出ていて、CM好感度調査では15ヵ月連続で食品業類1位を獲得し、2022年8月はベスト10のうち8つを日清食品のCMが占めました。

課題である若年層のファンも、確実に増えています。直近5年間で20代以下の商品購入率は増加傾向にあり、カップヌードル121%、どん兵衛104%、U.F.O.126%、カレーメシ153%という伸びを示しています。

また、カップヌードルは5期連続、どん兵衛も7期連続で過去最高売上を更新しています。

SNSで小ネタの波状攻撃

テレビCM以外にも、SNSを駆使した小ネタの波状攻撃で、若年層のマインドシェア向上に取り組んでいます。

少し古い例ですが、2016年に「いいね!が多ければ作っちゃうかもシリーズ」として「カップヌードル食ってる風Tシャツ」を投稿したところ、RT2万件、いいね2万件を獲得しました。実際に商品化し、現在もオンラインストアで販売しています。そのほかにも、手を替え品を替え、様々なネタを投稿しています。

・「カップヌードル食ってる風ネクタイ」(RT1.2万件)

・バスケットボールのインターハイで、カップヌードルをひっくり返した形のモップを使った様子(RT2万件、いいね10万件/合計12万件)

・カップヌードルのサウナ風フタ止めフィギュア(RT3万件、いいね14万件/合計17万件獲得)

・溶けたアイスのふた止めフィギュア(RT5万件、いいね42万件/合計47万件)

・脳がバグる(カップヌードルの中に沈んでいるかのように見える)スマホの充電器(RT5万件、いいね29万件/合計34万件)

環境問題も「日清食品らしく」取り組む

さらには、環境問題も日清食品らしくエンタメ化し、若年層に響く見せ方を考えています。

それを実践した一例が、カップヌードルのフタ止めシールの廃止です。

安藤徳隆・日清食品社長が語る「モノが売れる広告を追求すると、現代アートに近づいていく理由!」<br />ブランド・コミュニケーション戦略の裏側フタの裏に猫の顔が。

フタ止めシールをなくすことで、年間33トンのプラスティック原料削減を実現するとともに、シールがなくてもしっかりと止められるよう開け口を2つにした新形状のフタを採用しました。この2つの開け口がネコの耳に似ているので、フタの裏にネコの顔を描いたところSNSで大きな反響を呼び、マスコミでも新聞27記事、テレビ30番組に取り上げられました。さらに、ちょっとした悪戯として、ネコじゃなくチベットスナギツネが描いたフタを6%の遭遇率で混ぜたところ、それを見つけた人の投稿にRT14万件、いいね25万件がつきました。

企業として避けて通れない環境対策も、やるからには日清食品らしさを出して取り組んでいきたいと考えています。(後編につづく)