朝一番で、上司である課長のもとに支店長から電話が入る。課長には当事者を異動させることだけが伝えられ、当事者と支店長室に来いと命ぜられる。この辺りは、私の著書「メガバンク銀行員ぐだぐだ日記」でも触れている。背広を着て、固い印鑑を持たされた時点で、「自分は異動なのだ」と改めて意識する。課長に連れられ、きちんと上着を着て支店長室に向かう姿を見た途端、周囲も異動だとざわつき始める。

「失礼します」

 露払いの課長が支店長室の扉をノックし、室内に入ると、支店長と副支店長が応接ソファに座っている。

「座れ。目黒君、異動…。ええっと…」

 わざとらしい茶番だ。知っているくせに、わざわざ発令書を読みながら伝える。

「○○支店勤務を命ずる」

 発令書を目の前に置く。突然なうえに思いもよらぬ行き先で、たいていの場合は頭が真っ白になる。だが、行き先が気に入ろうが、入らなかろうが、私が次に発する言葉は決まっている。

「ありがとうございます。お世話になりました」

 そして、発令書に自分の認印を押す。普段使うシャチハタ印ではダメだ。朱肉につけて押す固い印鑑でなくてはならない。だから、行員は常に机の中に入れてある。