トレンドが激しく移り変わるいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「マーケティングのフレームワークに対するよくある誤解」をご紹介する。

「知識がある人」ほどハマる、マーケティングの落とし穴Photo: Adobe Stock

時代や環境に左右されない
「ビジネスの本質」とはなんだろう?

 筆者自身はいわゆる「マーケティング畑」の研究者ではありません。
 ファーストキャリアは広告代理店だったので、いろいろな企業のマーケティング戦略策定に携わることになりました。その後、外資系の戦略コンサルタントとして活動していた時期には、マーケティングも含めた事業戦略づくりを手がけてきました。さらに独立後には、ビジネススクールや企業研修などの場で、大手企業の幹部候補などを対象に、論理思考や戦略思考の本質を伝える活動をしてきました。

 つまり、筆者はあくまでもロジックや戦略のプロフェッショナルであり、マーケティングの研究者ではありません。ですから、ものすごくたくさんのマーケティング事例(サンプル)を知っているわけではないですし、SNSマーケティングやデジタルマーケティングなどの最新動向については、筆者よりも詳しい方はたくさんいると思います。

 ですが、そんな人間からすると、“マーケティング”というのはずいぶんといい加減な領域に思えてならないのです。

 マーケティングという領域では、自然科学のようにたくさんの実験データを集めて、法則の正しさを検証するのはかなり難しいはずです。また、もしそういうアプローチをとるにしても、マーケティング理論の正しさを裏づけるような実例の数など知れています。それにもかかわらず、だれもが「4Pはなぜ4Pなのか?」を考えもせず、ただ与えられたものを鵜呑みにしているのではないか──?

「考えること」の大切さを訴え続けてきた者として、筆者はこの状況が気になって仕方ありませんでした。それが本書を執筆しようと思ったいちばんの動機です。

 ですから本書では、最新のマーケティング理論だとか、デジタルツールを活用した新手法だとか、成功事例によるケーススタディなどには触れません。そういう飛び道具をご所望の方は、ほかをあたっていただくのがいいでしょう(ほんとうにそれが役に立つかどうかは保証しませんが)。

 本書が焦点をあてるのは、あくまでもマーケティングの原理(Principles)の部分です。原理とは「だから…」の出発点であり、「なぜ?」の終着点です。

 たとえ時代や環境が変化したとしても、移り変わることがないビジネスの本質があるとすれば、それはどんなものなのか──? それをゼロからみなさんと一緒に考えていきます。

「なぜ?」を考えることが「売れる戦略」への近道

 さて、まだ腑に落ちないという人は、きっとこんなふうに感じているのではないでしょうか?

「『なぜ4Pか?』『なぜ3Cか?』なんて、わかっておく必要があるんだろうか?」
「頭のいい人が考えてくれたすごいツールがあるんだから、われわれはそれを大人しく使っていればいいのでは?」
「ひとまずツールを使った結果、モノやサービスが売れてしっかり儲かっていれば、それで十分じゃないですか……?」

 もっともらしい疑問です。
 ですが、結論から言えば、マーケティングにおいてこそ「なぜ4Pか?」「なぜ3Cか?」の理解が大事なのです。「なぜ?」を欠いたままでは、これらのツールを正しく使うことができないようになっているからです。

「なぜこのツールが正しいのかはわかりませんが、私はうまく使えています」

 残念ながら、それは単なる勘違いです。

「ツールにあてはめてみたら、なぜだかうまくいったんです」

 それはなによりですが、単なるまぐれです。次もうまくいく保証はありません。

「正しく使えているなら、原理がよくわからなくても別にいいじゃん」は、マーケティングの世界では成り立たないのです。

 さらに言うなら、マーケティングの「なぜ?」を突き詰めていくことは、決してムダなまわり道などではありません。

 それぞれのツールが持っている前提がわかるようになると、マーケティング戦略を考えるときの正しい道筋が見えるようになるからです。また、4Pや3Cなど、それぞれのツールがお互いにどう関係し合っているのかも理解でき、1つの体系(システム)のなかで結びついていくので、それぞれの局面でどれを使うべきかの判断にも困らなくなります。

 本書は、マーケティング入門への「最短ルート」でさえあるのです。

フレームワークとは
「公式」ではなく「補助ツール」

「結局、マーケティングに使えるツールなんてないってことか……」

 ここまでの話を読んで、そう思った人もいるかもしれません。ですが、これもまた早とちりというものです。
 筆者は、3Cや4Pのようなツールがまったくの役立たずだと言いたいわけでもないのです。

 たしかに、マーケティング領域においては「いつでも使える普遍的な公式」はごくわずかしかありません。いや、「ほとんどない」と言ったほうがいいでしょう。
 ですから、マーケティングに携わる人は、結局は自分で「考える」しかないのです。考えて、考えて……考えた末に、ギリギリのところで「自分なりの答え」を出すのがマーケターの仕事です。

 しかし、毎回のように「まったくのゼロ」から考えるのは、あまりにも大変ですよね。そのときの補助になってくれるツールの一種が、いわゆるフレームワークです。

 この違い、わかるでしょうか?

 フレームワークは、正解を出すための公式ではありません。
「自分なりの答え」をつくるための補助ツールです。

 決して万能ではありませんし、使いどころを間違えれば、見当違いの戦略を生み出すことすらあります。だからこそ、フレームワークを使うときには「なぜそうだと言えるのか?」を知っておく必要があるのです。