国内の年間自殺者が15年ぶりに3万人を下回った。原因・動機の分析結果は3月に公表される予定。ただ、毎年の傾向から「うつ病」が他を大きく引き離し、トップに来ることは予想できる。近年は有効率が60~70%以上という心理療法や抗うつ薬が次々に開発されているのに、なぜ歯止めがかけられないのだろうか。
今年早々、医学専門誌「ランセット」に掲載された調査には、うつ病に関連する差別経験が、うつ病を公にして受診する機会を奪うという結果が報告されている。同調査は成人の大うつ病患者を対象に差別経験の有無やその内容を聞き取り調査で評価したもの。日本を含む35カ国、39施設で実施された。対象者1082例の平均年齢は44.9歳、そのうち男性が34%、4割が就労している。
調査の結果、対象者の8割が「差別経験」を持つことが明らかになった。さらに差別を恐れて「親密な人間関係を断念した」人は37%、「求人への応募を諦めた」人も25%に上った。また、差別経験の程度が大きいほど、再発を繰り返す頻度が高く、1回以上の精神病院入院、配偶者との別居や離婚、失業など社会生活の破綻と有意な関係が認められた。特に、差別経験が「うつ病の診断を公表」する意欲を失わせ、結果的に治療を継続する姿勢や受診機会を奪う実態が浮き彫りにされた。研究者は「精神疾患が“不名誉”という否定的なレッテル張りを止めるための継続的なアプローチが必要」だとしている。
ただ一方で、就業中/求職活動中や親密な交際相手に「差別されるのでは」と恐れたものの、前者の47%、後者の45%は結果的に「差別行為は受けなかった」とも回答している。この解釈はともかくとして、差別と差別への不安が社会生活や治療への障壁になることは間違いない。うつ病に限らず、糖尿病やがんなど身体疾患でも差別や配置換えを恐れ「会社には内緒」という方は少なくない。結果、早期治療が遅れ、取り返しがつかなくなることだってあり得るのだ。精神・身体の別なく「病」に対する偏見を変えていく必要がある、ということだろう。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)