~いま、イェール大学の学生たちがこぞって詰めかけ、夢中で学んでいる一つの講義がある。その名も「シンキング(Thinking)」。AIとは異なる「人間の思考」ならではの特性を存分に学べる「思考教室」だ。このたびその内容をもとにまとめた書籍、『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』が刊行された。世界トップクラスの知的エリートたちが、理性の「穴」を埋めるために殺到するその内容とは? 同書から特別に一部を公開する。

【親必読】「子どもにモーツァルト」を聴かせるとIQが上がるって本当?ただの噂?Photo: Adobe Stock

「モーツァルト効果」は本当か?

 1993年、科学誌『ネイチャー』に掲載された研究によって知られるようになった「モーツァルト効果」というものがある。

 その研究者たちは、モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」(クラシックファンにはK448でおなじみ)を聴いた大学生は、聴かなかった学生に比べて空間認識テストで高い点数を獲得したと報告した(*1)

 この結果を知ったメディアは話を飛躍させ、これを「赤ん坊にモーツァルトを聴かせるとIQが高くなる」ことの科学的エビデンスだと解釈した

 すると、子どもの学力が著しく低い一部の州の知事たちが、産科病棟にモーツァルトのCDを無料で配り始めた。そして、「ベイビー・モーツァルト」というビデオが登場した。

 これは、色とりどりのおもちゃがモーツァルトの曲に合わせて踊る映像で、このビデオを制作した会社はさまざまな分野の天才を網羅してシリーズ化し、「ベイビー・バッハ」「ベイビー・シェイクスピア」「ベイビー・ヴァン・ゴッホ」などを続けて世に送り出した。ある調査では、2003年前後、赤ん坊のいるアメリカ人世帯の3分の1が、このビデオシリーズを最低1本は所有していたという。

「再現性」はあるのか?

 しかし、本家のモーツァルト効果の論文には、その効果は長続きせず、IQ全体ではなく空間認識能力に限定的に働くだけだと記されていた。この効果の再現を試みて、再現できなかった研究者も少なからずいた

 また、ヒット商品となったビデオのどれかを生後12~18か月の幼児に視聴させ、新しい言葉を学習する力が高まるかどうかを確かめる実験も行われた(*2)。だが、そのビデオを1か月視聴した幼児に、ビデオを視聴することも特別な訓練を受けることも一切なかった幼児との違いはまったく見受けられなかった

 ビデオに出てくる言葉をいちばんよく覚えたのは、ビデオは視聴させずに出てくる言葉を両親が直接教えた幼児のグループだった。

 この反証が世に出る前に親になった人たちにしてみれば、「ベイビー・アインシュタイン」を買うのは当然だと感じていたに違いない。教育熱心でなくても、大事なわが子によい効果をもたらしうるものを与えなかったら、後ろめたい気持ちになっただろう。

(本稿は書籍『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』から一部を抜粋して掲載しています)

*1. Frances H. Rauscher, Gordon L. Shaw, and Katherine N. Ky. “Music and spatial task performance.” Nature 365, no. 6447 (1993): 611–611. 
*2. Judy S. DeLoache, Cynthia Chiong, Kathleen Sherman, Nadia Islam, Mieke Vanderborght, Georgene L. Troseth, Gabrielle A. Strouse, and Katherine O’Doherty. “Do babies learn from baby media?” Psychological Science 21, no. 11 (2010): 1570–74.