いま、イェール大学の学生たちがこぞって詰めかけ、夢中で学んでいる一つの講義がある。その名も「シンキング(Thinking)」。AIとは異なる「人間の思考」ならではの特性を存分に学べる「思考教室」だ。このたびその内容をもとにまとめた書籍、『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』が刊行された。世界トップクラスの知的エリートたちが、理性の「穴」を埋めるために殺到するその内容とは? 同書から特別に前書きの一部を公開する。

本当に賢い人が「もっと頭がよくなる」ために学んでいること・ナンバー1Photo: Adobe Stock

イェール大学の「思考」の授業とは?

 2003年にイェール大学の心理学教授となってからは、人を惑わせるさまざまなバイアスについて調べ、さらにはそうしたバイアスを正す方法を考案してきた。その方法は、日常生活で遭遇する状況に実際に適用できるものだ。

 また、調べると決めた「バイアス」だけでなく、それ以外にも存在するありとあらゆる「思考の不具合」について探求してきた。私や私を取り巻く人たち(学生や友人、家族など)を困った状況に追いやるさまざまな問題だ。(中略)

知的エリートたちが「思考の穴」を必死に学ぶ

「思考の不具合」によって問題が生じるのは、個々人の生活だけにとどまらない。そういう根本的なエラーやバイアスは、実にさまざまな社会経済的な問題を引き起こす。政治の分極化、気候変動への加担、人種差別、警官の発砲をはじめ、ステレオタイプや偏見が根っこにあるほぼすべての問題に関係している。

 私は「シンキング(Thinking)」という講義を開始し、心理学がそうした問題の認識や対処、さらには日常においてさまざまな決断を下すときの判断力の向上にどう役立つかを教えることにした。

 この講義は学生たちのニーズにぴったりと合ったようで、2019年だけで登録した学生の数は450人を上回った。心理学のアドバイスを欲している人が多く、口コミで広がったようだ。

 ほかにも興味深いことがあった。学生から、大学を訪れた彼らの家族を紹介されると、「先生の講義で、毎日のいろんな問題への対処法を学んでいると聞いています」としょっちゅう言われた。なかには、親きょうだいにアドバイスまで始めた学生もいるという。

 また、同僚の話によると、私が講義で行った実験がもたらす影響について、学生たちが食堂で熱く議論していたこともあったようだ。仕事を離れた場でも、私が講義でテーマにした内容を話題にすると、もっと詳しく知りたいと言われた。

 こうした経験を通じて、心理学に基づく思考ツールのようなものが切実に求められ、必要とされていると実感したことから、私はもっと幅広い人たちに私が教えていることを知ってもらおうと、本を書くことにした。

 そして、本に含めるテーマを8つ選んだ。いずれも学生をはじめ、人々が(私自身も含む!)日々直面する現実的な問題に、とりわけ関係が深いと思われるものだ。

 章ごとに1つのテーマを扱うため、(関連性のある題材について章をまたいで言及するものはあるが)基本的にはどの章からどの順で読み進めてもらっても構わない。

戦略的に「論理的思考力」を向上させる

 思考におけるエラーやバイアスについて説明するとはいえ、この本は人が抱える問題点を指摘するものではない

「思考の不具合」は、私たちの脳が非常に込み入ったかたちで配線されているから起こるもので、納得できる理由がある場合がほとんどだ。

 論理的に考えているはずでも間違ってしまうのは、主に、認知能力が高度な進化を遂げてきたことが原因だ。そうした認知能力が発達したおかげで、私たち人間は種としてここまで生き延び、繁栄することができた。

 そのため、思考の不具合の解決策は、必ずしも簡単に手に入るとは限らない。それどころか、どんなタイプのバイアスも、取り除くのは恐ろしく難しい。

 加えて、思考におけるエラーやバイアスを避けたいのであれば、それらがどういうものかを学習し、避けようと心にとめておくだけでは十分ではない。

 不眠を思い浮かべてみればよくわかる。不眠の状態が生じれば、何が問題かは明確にわかる。そう、眠れないことが問題だ。しかし、不眠の人に向かって「睡眠時間をもっと増やすべきだ」と告げても何の解決にもならない。

 それと同じで、この本で扱うバイアスにはすでになじみのあるものも含まれていると思うが、バイアスを避けるには、「そのバイアスをかけるな」と注意する以上の処方箋が必要になる。

 幸い、裏付けとなる研究の数が増えるにつれて、論理的思考力の向上を図るうえですぐに活用できる戦略もわかってきている

 また、そうした戦略を参照することで、そもそも自分ではコントロールできないことは何か、さらには、一見うまくいきそうでも実際には裏目に出る可能性があることは何かといったことまでわかるようになる。

認知心理学の最新の研究成果

 この本は科学的なリサーチに基づいている。主に私以外の認知心理学者による研究だが、私自身が実施したものもある。何年たっても古びない有名な研究に加え、認知心理学の分野における最新の研究成果も引用させてもらった。

 講義のときと同じように、私たちの日常の多種多様な場面から切り取ったさまざまな事例を使いながら、ポイントを解説していく。私がそうするのには理由があり、その理由は読み進めるうちにわかるはずだ。

 それでは、私が指導教授に尋ねた疑問に立ち返ろう。

認知心理学で、世界をよくすることはできますか?

 初めてこの疑問を投げかけてから、私は日を追うごとにその答えへの確信を強めている。答えはまさに、教授が端的に示した言葉と同じ「イエス」だ。絶対にできる。

(本稿は書籍『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』から一部を抜粋して掲載しています)