ジャニーズ事務所による記者会見で井ノ原快彦氏が使った「得体の知れない空気感」「触れてはいけない空気」という言葉が注目を集めている。なぜ私たちは空気に抵抗できず、支配されてしまうのか。山本七平氏の名著『「空気」の研究』をやさしく読み解く入門書『「超」入門 空気の研究』を記した鈴木博毅氏が、日本のあらゆる組織に巣食う「日本病」の正体ムラ社会からの脱出法について語る。

ジャニーズを支配した「得体の知れない空気」とは?日本人のための「ムラ社会」脱出法Photo: Adobe Stock

声を上げられない「謎の圧力」とは?

 世間を大きく騒がせている、ジャニーズ事務所の性加害問題。記者会見の場で出た「得体の知れない空気感」という言葉が注目を集めました。犯罪を承知していたのに、それが問題(犯罪)であることを指摘できず、止めることができなかったという意味です。

 しかし、これほど大きな組織、多数の人がかかわる集団でそのようなことが実際起こりえるのでしょうか。

 山本氏は『「空気」の研究』で、空気の圧力について以下のように書いています。

「(空気は)非常に強固でほぼ絶対的な支配力をもつ『判断の基準』であり、それに抵抗する者を異端として、『抗空気罪』で社会的に葬るほどの力をもつ」(P.22-23)

 集団を支配している側が、特定の空気を蔓延させると、その集団に蔓延している空気の圧力によって、集団に所属する者は思考と行動を拘束されてします。

 明文化されていないルールなのに、その一線を越えることがどうしてもできない。無言の空気の圧力によって、関係していた人たちは、声を上げることができなかった時期が長く続いてしまった。

 さらに、若者たちが自分の夢を叶えるための場所と考えていたことで、犯罪を表面化させることを避ける心理が集団に働いたことも、この事件をより醜悪かつ悲惨なものにしたのでしょう。

企業不祥事や犯罪には、2つの罪がある

 企業不祥事、犯罪には2つの異なった罪があります。1つ目は、企業不祥事や犯罪そのもの。2つ目は、不祥事や犯罪を「長く隠ぺいする誤った努力」です。

 企業不祥事や犯罪は、隠ぺいするほど被害者が急拡大することがあります。食品を扱う企業では、食中毒や異物混入事件などがその典型例です。命にかかわる問題の場合、1分でも早く不祥事や不具合を公表することが、新たな被害者や死者を出さないための最重要ポイントになります。

 今回のジャニーズ事務所の事件でも、告発自体は相当の過去から行われており、そのようなネガティブな情報を真摯に受け止めてこなかったことが、被害者を膨大な数にすることにつながりました。結果として、ジャニーズ事務所自体が現在、消滅の危機に直面しています。

 犯罪や不祥事を「長く隠ぺいしてしまった」ことで被害が拡大し、非難が殺到して当該企業が消滅した事例は、企業史に多数あります。企業不祥事や犯罪の隠ぺいには、「内側意識」が常につきまといます。空気に支配された集団は、内側の視点で問題を見てしまうのです。混乱の中で、不祥事を告発する動きを自ら潰そうとしてしまう、あるいは問題を明るみに出すことを組織全体で躊躇してしまうのです。

ムラの中での異常な関係性

 山本氏は、不祥事や犯罪の隠ぺいに関連して「父と子の関係」という言葉を持ち出しています。この言葉の原典は論語であり、父と子の関係とは、『論語』の『孔子曰く、我が党の直き者は、是に異なり、父は子のために隠し、子は父のために隠す、直きこと斯の中にあり』の言葉から来ています。「党」とはここでは村を指します。

 ある村で父親がヒツジを盗み、それを見た息子が父を訴えた。村の長が「わが村にはこれほど正直な者が住んでいるのです」と孔子に言いますが、孔子は「私の村では、父が子をかばい、子が父をかばう。そのような正直さを発揮しています」と述べた逸話です。

 集団としてのムラが比較的大きいと、「父は子のために隠し、子は父のために隠す」という異常な感覚が空気(組織の前提)として浸透してしまう。日本では「場」に権力があることが多く、「場」から発生する権力や利益の恩恵に預かっている者は、「場」を必死に守ろうとする。

 ただし、それが犯罪や不祥事になると「大切な場」を守ろうとして、何らかの隠ぺいが続くことになり、(犯罪や不祥事の)隠ぺいが積み重なることで、すべてを破綻させてしまう破局まで向かってしまうのです。