現存する富士フイルムと倒産したコダック、
すごいのはどっち?

徳成 そのとおりで、だから潰さない経営をしつつもリスクを取る、ということが大事です。そのためにも事業ポートフォリオ経営といいますかコングロマリット的な経営をすることで、全体収益を安定させることが要諦だと思って私はやっているのですが、そのことにも批判が強くあるんですよね。

 いちばんわかりやすい例が、富士フイルムさんだと思います。かつてフイルム会社には富士フイルムとコダックという大手二社があったのですが、ご存じのようにデジタルカメラの時代となり、フイルムはほとんど売れなくなりました。

 そこで富士フイルムは新たな事業を始め、今では化粧品とか医薬品を主に扱っている。フイルム以外の領域に展開し、そこで成功して生き残ったわけですが、一方のコダックは2012年に倒産しています。かつてはコダックのほうが、会社規模としては富士フイルムより圧倒的に大きかったのですが。

 それである投資家と議論していたとき、「富士フイルムってすごいね」という話になったんです。見事に業態変換を遂げて生き残った、と。そうしたらその投資家は、「そんな余計なことはしなくて良かったんだ」と言ったんですよ。それよりもコダックの経営者のほうが正しい、と

 つまり、どうせフイルムというものはいらなくなるんだから、将来性のない企業はもう事業をたたんで従業員と資本を市場に返すべきだ、と言うんです。そして、その退出した企業が開放した資本と有能な人材を使って、誰かがまた次の産業を起こせばいい、と。「コダックの経営者は、最後、膨大な自社株取得や配当をして資金を株主に返した。それで良いんだ」と。

朝倉 業態転換を遂げることのほうがはるかに難しいし、大変ですもんね。

徳成 はい。もともとフイルム作り専門だった人たちにリスキリングして、ゼロから別のビジネスを始めるわけですからね。雇用を確保しながら、業態転換を図るなんて難しいことをやる必要はない、富士フイルムは成功したから良かったが、人的資本や経済資本は毀損するリスクもあった、というのが彼らの主張です。

 もともとオランダやイギリスで生まれた初期の会社は、香辛料やお茶をヨーロッパに運ぶという当初の役割を終えた後は、航海が終わることにバサッと解散していた。つまりプロジェクトや目的(パーパス)ごとに設立され、終わったら解散するのが会社の起源なんです。

 欧米にはそういうベンチャー投資的な価値観というか、このために作ったものだから終わったら次、という考え方が根付いているんでしょうね。

 だからフイルムというひとつの産業が終わったのなら企業は解散すべきだ、という考え方が根底にある。一方、日本の場合、藩なりお家なりと同様、企業は永続的に守っていくことが大事だというメンタリティがあり、その“異なる資本主義”間の相克を上手く呑み込めていないというのを感じます。

朝倉 『CFO思考』を読んでいて、そのコダックのくだりは非常におもしろかったです。倒産したことが評価されるのか!と。

徳成 僕はそこにチャレンジしたいと思っています。やっぱり企業倒産は、社会不安を招くんですよね。倒産を是とするのは、強者の理論でもあります。倒産はいくらセーフティネットを用意しても社会的弱者には厳しい。

 日本はOECD加盟国のなかで、企業が最も倒産しない国です。大企業が社会のアンカー(錨)になっているから、社会が安定しているという側面は重要だと僕は思っています。

 正直、アメリカの経営者は気楽なもんだなと思いますよ。業績が悪かったらどんどん人を解雇して、挙句あっさり会社を潰してしっかり大金を得ている。でも日本は会社=藩ですから、潰れないことが大前提。それゆえ、人もいったん雇った以上は、彼ら彼女らが辞めたいと言うまで責任を持って預かる、という意識がJTCの経営者には根強くあります。

 そんな中で、グローバルな同業とも戦っていかなければならないわけですから、そりゃあ大変ですよね。そこで、社員の皆さんにも、「終身雇用でリスクヘッジされているんだから、アニマルスピリッツを持って頑張っていこうよ」と伝えたい。どうやったら「そうだな」と思ってもらえるか、いつもチャレンジだと思ってやっています。

朝倉 僕自身はスタートアップの世界の人間ですが、今日いろいろとお話を聞いて、CFOの役割というものが本当によくわかりました。

徳成 僕は逆に、スタートアップのCFOがどういうものか、興味津々で。だから引退したら、スタートアップのCFOの世界というものを覗いてみたいし、一応ニューヨーク証券取引所でクロージングベルを鳴らした経験もありますから、グローバル展開を図りたい企業のお手伝いをしたいなと思っているんです。

 昨今は多様性という言葉がよく言われますが、言語も宗教も人種も多様性に乏しい日本の場合、もっとも多様性が求められているのは、ジェンダー(男女間)もありますが、ジェネレーション(世代間)だと思うんですよ。だから世代を超えてもっと交流しなきゃいけないと思うし、それは意図的にやらないと難しい。

 僕みたいなおじさんが頑張って若い世代にアプローチしないとダメだな、と感じているので、良かったらまたスタートアップの世界についてお話を聞かせてください。

朝倉 是非。こちらこそ前のめりで交流させてください(笑)。

日本にはまだ資本主義が根付いていない徳成旨亮(とくなり・むねあき) 株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。

(対談終わり)