M&A成功の肝は
コア・バリューの浸透

日置 続いて、成長のための、もう一つの手段としてのM&Aについて、日本企業の構造的な問題について議論したいと思います。デュポンから学べるところをまずお聞きしたいのですが。

橋本  PMI(M&A後の統合プロセス)で、一番肝になるのはコア・バリューの浸透ですね。それができてこそ同じ傘の下でビジネスをやるという共通認識につながります。買収会社と被買収会社の両者が同じようなコア・バリューを持っているのです。一方、日本企業の多くは、買収企業と被買収企業の間に占領軍と植民地のような上下関係が歴然とある。デュポンではそれはなくて、同等です。

 デュポンがコノコというオイルメジャーを買収したことがありましたが、当時はコノコの幹部がデュポンの中枢にかなり入ってきました。買収した会社で優秀な人材に、活躍の場をどんどん与えていってました。

日置 デュポンのアニュアルレポートを昔から見ているのですが、そのときどきで、事業ごとに比較対象の同業他社をベンチマークしていますよね。買収前の段階から「この会社なら合いそうだ」ということも議論するのでしょうか。

橋本 ベンチマークは出していますね。買収は、相手先の技術が欲しいということが最初の取っかかりとなりますが、副次的にはそういう企業文化もしっかり見ています。

大上 コア・バリューの浸透はとても大事だと思います。もうひとつ、買収先会社の価値を上げられているのかという発想も欠かせないと思います。その会社の価値を数年後にいくらまで上げられるか。

 買収する側のシナジー効果も重要ですが、買収元会社が持つ有形・無形資産を使って、買収先会社の価値をどれだけ上げられるかという発想が必要です。買収先の企業の価値が上がってこそ、買収元会社のシナジー効果も出てくる。

 大企業がスタートアップ企業へ投資していく際にも同じことが言えます。「投資先の企業価値をわれわれは上げることができるのか」、を問わなければならない。

日置 大企業の空いているアセットをもっとスタートアップが使うことができれば、もっといろいろなことができますね。

大上 CVCが出資する場合、最初から大企業の論理で、自分たちに取り込むという考え方をしているとうまくいかない。スタートアップファーストで考えて、お金だけでなく、大企業が持つチームとか技術などの無形資産を活用して、買収先のスタートアップ企業の価値をいかに上げていくかという発想が要る。社会課題解決を目的に、キャピタルゲイン最大化をKPIとして投資をしていく会社も少しずつ出てきているかなと思います。

日置 大企業側はシーズを探しているし、スタートアップ側はリソース、キャパシティを探しているので、そこのマッチングをすることで、よりお互いに入り込んだ議論ができて、ビジネス展開も進みそうですね。

橋本 デュポンの経験でいうと、シナジーでこれだけ見込めるということを、M&Aの際に必ず算出しますが、それは決して安直な数字ではありません。1項目ずつリスト化されたものを足し上げたものです。それを内部監査が入ってチェックするプロセスがあります。バリデーション(validation)ですね。

日置 ダウ・ケミカルと統合したときも、そこは相当やっていたという印象があります。アップサイドとダウンサイド、成功シナリオと失敗シナリオの数字が出ていましたね。

橋本 感覚的な数字として何百億円などと投資家に対して言っているわけではなくて、積み上げた数字なのです。

日置 商社をはじめ日本企業でもM&Aは戦略実行のための当たり前の手段になっていますが、それでも「M&A人口は多いけど、M&A人材は少ないのではないか」ということをよく話します。社内のスプレッドシートに数字を入力して、投資承認が通るか通らないか、それこそゲームのようなことをしておしまい。その会社を買って、それをどのように事業として育て上げるのかとか、エグジットとしてどうするのかというところまで、一貫して責任を持ってやっている感じがしないM&Aが時々ある。投資銀行ならそれでもいいのかもしれませんが、事業会社では問題ですね。

企業財務の論客が激論【前編】「PBR1倍割れ」の真因と解決策を示す日置 圭介 (ひおき けいすけ)
re-Designare LLC代表
南山大学経営学部卒業、英国立ウェールズ大学経営学修士課程修了(MBA)。2001年PwCコンサルティング入社。02年からIBMビジネスコンサルティングサービス、07年からデロイト トーマツ コンサルティング、20年からボストン コンサルティング グループ(BCG)。デロイトでは執行役員パートナー、BCGではパートナー&アソシエイトディレクターを務めた。メドレー社外取締役就任を機に、23年re-Designareを設立、代表就任。12年日本CFO協会主任研究委員、19年日本CHRO協会主任研究委員、23年より両協会シニア・エグゼクティブ。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科兼任講師。著書に、『ワールドクラス の経営』(共著、ダイヤモンド社、2020年)、『ファイナンス組織の新戦略』(編著、日本経済新聞出版社、2009年)がある。

大上 日本企業はリスクサイドのデューデリジェンスは一生懸命やっているのに、ビジネスの成長、ビジネスデューデリジェンスについては、事業部に任せているケースが多い印象があります。

日置 安易に外部の証券会社や投資銀行から持ってこられた案件に飛びつかないといったことも含めて、いかにM&Aを自分事として位置づけられるか。企業の中でのM&Aの位置づけをもっと明確にしたほうがいいですね。

 翻ってスタートアップ側の話ですが、大上さんが見ていらして、スタートアップはIPO(新規上場)を意識しているものなんでしょうか。

大上 IPOを目指していると言わなくてはならないような雰囲気は感じますね。スタートアップがM&Aされてエグジットというと、志が足りないみたいな抑圧もあるかもしれません。

日置 スタートアップは上場してこそ、みたいな。先に話題になったダイバーシティも、自社の現状においてどこまでダイバーシティが必要なのかということも、インクルージョンしてこそのダイバーシティのはずですが、そうはならない。日本は何かと皆と同じというか、一方向に流れる傾向が強いのでしょうね。