自社のスタンスを
市場に明確に伝える

日置 ここまでは実際に成長するための手段の話でしたが、ではそれをどうやってアピールしていくかという観点で、マーケットとの対話について考えてみたいと思います。これはオムロンが日本企業のなかでは早い段階から意識的にしてきたことで、学べる教訓がたくさんあると思います。

大上 オムロンは、1990年代からステークホルダーとの対話を重視するスタンスでした。そこから世の中の流れを捉えて多くを学び、それを社内で消化しながらガバナンスを進化させてきました。求められているのは、SDGsなりダイバーシティなり、時々の社会要請を横並び的に「やらねばならない」と議論をするのでなく、本質を掘り下げたうえで、「Comply or Explain(「ルールに従え(comply)、従わないのであれば、その理由を説明せよ(explain)」することです。受け身でなく、きちんと自分たちのスタンスを明確にして自ら行動し、対話するとことが大事だと思います。

日置 受け身だと、アナリストや株主から追い込まれる一方になりますよね。投資家との対話もなんだかちぐはぐで、comply しているのにさらにexplainしている会社もあったりする(笑)。橋本さんは、デュポンのIRをご覧になってきて、日本企業に比べて上手に対話しているという感じでしたか。

橋本 海外のアナリストの場合、自分の予想が外れると、自分の予測モデルの問題にも関わってくるので、日本に比べて「ツッコミ」が激しい。それで必要に迫られて上手にならざるを得ないという感じですね。

 一度、苦い経験があって、四半期決算発表日の2、3日前に業績が予想レンジから外れてしまうという開示をしたところ、アナリストから、「なぜもっと早い段階で市場に伝えられなかったのか?」と業績の下方修正もさることながら、適時に業績を把握できているのかという経営陣の手腕を随分たたかれました。アナリストは予想がぶれれば、いち早くマーケットに伝えるということが求められていますので。そういう意味で、経営者に対するアナリストを中心としたマーケットの見方は本当に厳しいものがあります。
 
 もう一点、海外は、前年の4~6月と今年の4~6月、前年の7~9月と今年の7~9月という形で、純粋に四半期の結果を見比べますが、日本は四半期ごとに累計されて、第3四半期なら、4月〜12月までを見る。

日置 累計で比べると、以前に開示した時の差分に今期間の差分が相まって要因分析が分かりにくくなりそうですね。一方で、長期のビジネスの方向感というのも投資家とのコミュニケーションに必要だと思うのですが、この点はどうですか。

橋本 デュポンでは、ビジネスセグメントごとに、翌年の単年はもちろん、向こう3年ぐらいについても、成長率や、収益のトップラインとボトムラインの両方を公表します。社内の業績管理では、3×6=18カ月の6クオーターのローリング予測数字を出すのです。この数字の根拠はまず、いわゆるS&OP(販売・生産計画)があり、その延長が18カ月まで延びているイメージです。オペレーションと計画が一気通貫になっているので、日本企業のように、業績数字と関連のない中計の数字が浮いているということはない。

大上  オムロンでは10年ごとに長期ビジョンを策定していますが、世の中がどのように変わっていくかということを予測し、その中で自分たちの目指す姿を描き、そこからバックキャストで自分たちがやるべきことを示します。根底にある投資家との対話の共通言語はファイナンスの考え方や企業価値そのものです。

 たとえば、資本コスト8%、つまり期待収益率8%といった時、10年間経つと、株価上昇+配当を合わせた累計でだいたい当初の投資額の2倍くらいになりますよね。

西山  利回りを複利で積み重ねれば、だいたい10年で投資額の2倍+αぐらいになる感じですね。

大上 それが共通言語として根底にあって、ここを意識して投資家と対話をするということですね。企業価値の向上ということを掲げている会社は多いですが、具体的に資本コストを意識してできているかが重要です。

橋本 それをキャッシュフローで。

大上 ええ。その水準まで企業価値を上げられていないのなら、配当や自己株取得という形のリターンで報いていくということも選択肢としてあるわけです。

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日置 日本企業は投資家に話すときに、客観的な視点が足りない気がします。投資家に話しているのに、自分たちの目標の話に終始している。投資家にしてみれば、その企業は同じ業種の中での選択肢の一つでしかないのに、企業側は同業間で比べられた時、自社がどう見られているのかという想像が足りない。統合報告書のボリュームがどんどん増えていることも気になっているのですが、投資家から「どこも社会課題を掲げ、新規事業もやっているが、皆、同じテーマを掲げていて特徴がない」と見えてしまう。目線は広げつつも、少しメッセージを絞る、それだけで違う風景が見えてくると思うのですが。

橋本 かつて経営者の中に、「短期の投資家のために、なぜ手間をかけて四半期決算の開示をしなくてはならないのか」と不満気だった人がいましたが、不思議なことを言うなと思いました。「最低限、四半期で業績を互いに開示することで、同業の中での位置づけがわかる。他社の結果がわからなくて、どういう戦略を立てるのですか」と言いたくなりました(笑)。

 自社の数字を出し、同業の競争相手の数字を見て、万一下回っているなら、競合に勝つ戦略を立てなくてはいけない。そういう見方がなかなかできていないですね。先程のお話の通り、投資家から見れば同じセグメントの中で競合他社のA社に張るのか、自社に張るのか、どちらをオーバーウェイトするかの判断材料になるわけですから、そうした舞台裏をもっと意識しながら戦略を立てるべきです。

西山 私も、日本企業のIRはやや受け身の傾向が強いように感じます。また、CEOやCFOと、他の役員との間にIRに対する温度差もあるように感じています。

橋本 日本企業の多くは投資家説明会にCFOとせいぜいその下にいるコントローラー(経営管理担当者)ぐらいしか出席しない。デュポンでは、CEOとCFOが必ず出て、加えてそのときどきでトピックスのある事業部のリーダーとスタッフが出席します。

日置 市場が評価する企業価値は、企業への期待値ということであるので、その期待値をどうつくっていくか。根拠を持った上で、客観的に自社を評価し、しっかりアピールすることが大事ですね。

→後編は11月10日に公開いたします。

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