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被災者はどこに住むべきか~宮城県名取市閖上のいま

名取市閖上の犠牲を大きくした「鳴らない防災無線」
昨年末の余震でも再びサイレンが稼働せず

池上正樹 [ジャーナリスト]
【第2回】 2013年3月18日
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県道129号閖上港線沿いには建物の土台ばかりが残る(2013年3月9日)
Photo by Yoriko Kato

 東日本大震災が発生した当時、5600人余りの人口のうち4000人ほどが在宅していたといわれる宮城県名取市閖上地区。同地区では800人近くもの犠牲者が出た。実に5分の1近くの犠牲者が出たのはなぜなのか。

 その最大の原因の1つは、あの日、市の全域で、大津波警報の発表や避難を知らせる「デジタル防災行政無線」が鳴らなかったことにあるという。

 震災の2日前に起きた2011年の3月9日の地震ときや、1960年のチリ地震津波のときには、防災行政無線は鳴っている。いったいなぜ、あの日には、作動しなかったのか。

震災から1年9ヵ月経っても
「防災サイレン」は鳴らなかった?

 「実は、昨年(2012年)12月7日の余震のときも、津波警報が発令されたのに、サイレンが鳴らなかったんです」

 そう明かすのは、震災による津波で息子や両親を亡くした名取市閖上地区の遺族Aさんだ。

 12月7日の夕方、三陸沖を震源とするマグニチュード7.3(速報値)の余震が発生。Aさんは市役所のそばの携帯電話店にいて、店内にいたために津波警報の発表を知った。

 「これは大変だ」

 そう思ったAさんは、車で市役所から10分ほどの仮設住宅に戻った。

 「もし防災行政無線が鳴っていたら、そのまま仮設にいようと思っていました。しかし、津波警報が出ているのに何も鳴らないから、おかしいと思って市役所に行ったんです」

 すでに道路は車で渋滞していた。それでもAさんが市役所に駆けつけたのは、地震から30分も経っていない頃だという。

 「防災行政無線のある3階へ行くと、市長がテレビと窓の外を腕組みしながら見ていたんです。“なんで防災無線を鳴らさないんだ!”“なぜ同じことを繰り返すのか?”って、市長に言ったら、“騒ぐな!”と叱られました。すると、市役所の職員が“どうしたの?”と聞いてきたから、“何も鳴らなかった”などと説明すると、“いま、修理してるから…”って言われたんですよ」

 もしその証言が事実だとしたら、防災上、あってはならない事態であり、震災の教訓は、再び生かされなかったことになる。

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池上正樹 [ジャーナリスト]

通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。主に「心」や「街」を追いかける。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材。東日本大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したのかを調査。著書は『ひきこもる女性たち』(ベスト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『下流中年』(SB新書/共著)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』

 


被災者はどこに住むべきか~宮城県名取市閖上のいま

東日本大震災の津波で700人以上が亡くなった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区では今、どこに町を再建するかを巡り、住民と市長・行政の間で大きな隔たりが生まれている。この連載では、閖上地区を具体例としながら、震災から2年経った今だからこそ見えてきた被災地の直面する問題を明らかにする。 

「被災者はどこに住むべきか~宮城県名取市閖上のいま」

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