「手段の時代」から「目的の時代」へ――手段にとらわれすぎると、本質を見失う。リーマン・ショックの経験を経て、世界じゅうの先覚者たちが、目的の重要性を唱え始めた。まず「利益」ではなく、「よい目的」を考えるビジネスを実践するために、私たちにできることは何か。

はじまった目的工学の取り組みをさまざまな形で紹介していく。まずは『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』の第1章「利益や売上げは『ビジネスの目的』ではありません」を、順次公開する。

ハーバードの経営学者が、
「利潤の最大化」を否定した?

 2011年のことです。世界経済フォーラムは毎年、国際的に著名な政治家や経営者、学者が一堂に会する年次総会を、スイスの保養地ダボスで開いています(これが「ダボス会議」と呼ばれるゆえんです)。

 この年の1月28日、本会場のダボス・コングレス・センターでは、「企業の未来」というテーマのパネル・ディスカッションが開催されました。

 そのオープニングを飾ったのは、2ヵ月前に7年間の自宅軟禁から解放されたアウンサンスーチーさんによる、ビルマ ― 現在の軍事政権が1989年に「ミャンマー」に国名を変更しましたが、彼女をはじめ一部の人々は、これを認めていません ― の現状と支援を訴えるビデオ・メッセージでした。

 これを受けて、ネスレやペプシコといった日本でもおなじみの会社のCEOたちが、企業とコミュニティの関係、ビジネスのあるべき姿、企業の新しい役割について意見交換をしました。そこには、唯一の学者として、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター氏の姿もありました。

 ポーターと言えば、毀誉褒貶(きよほうへん)があるとはいえ、発行から30余年が経った現在でもビジネス・リーダー必読といわれる『競争の戦略』を著した経営戦略の研究家であり、世界的なマネジメント・グールーの一人として知られています。

 このパネル・ディスカッションで、彼はこのような主張を繰り広げました。
「企業はこれまで、利益や株価といった経済的な価値ばかり追求してきた。しかし、これは短期的で、了見の狭い考え方である。これからは、経済的価値と社会的価値を両立させる必要がある」

 これは、ポーターの経歴を知る人やその著作を読んできた人たちにすれば、ちょっとした驚きだったのではないでしょうか。「あのポーターが、こんな殊勝なことを言うようになったのか ― 」。

 何しろ、みずからも述べているように、伝統的な経済学の教育を受け、それゆえ「企業の目的(パーパス)は利潤の最大化である」という、ダボス会議で主張したこととは正反対の前提の下に、自身の理論を展開してきたのですから。