大胆な発想で、時代を先取り

 よく知られているように、平野は有名人一家に所属している。父はフランス文学者の平野威馬雄で、自伝的な児童文学『レミは生きている』(ちくま文庫)の著書でも知られる。長男の和田唱はトライセラトップスで活動、その妻は俳優の上野樹里。次男の妻は料理家の和田明日香。そして夫は、イラストレーターの和田誠。2019年にその夫を亡くした平野は1人暮らしになり、日々の料理から生まれたのが、1人分の食事をおいしく楽しくするレシピ本というわけである。

 テレビ的な驚きを期待する向きには、石突きを切り落とすだけでフライパンで丸ごと焼く「えのきだけ根」、これもエノキを使うが、豚ひき肉、エノキ、タマネギにオイスターソースなどの調味料を加えて丸め、上からシュウマイの皮をかぶせて電子レンジにかけるだけの、「エノキの逆さまチン焼売」などがある。平野の十八番である、ダジャレ的な料理名と大胆な時短術は健在だ。

こんな料理家は見たことがない! 平野レミのレシピが愛される本当の理由「えのきだけ根」(『平野レミの自炊ごはん』より)

 時短レシピは平野デビュー時の1980~1990年代に続いて、2010年代半ば以降も大流行し、大勢の料理家が時短のアイデアを披露してきた。料理家同士が切磋琢磨してきた結果、この40年で時短技術は驚くほど進化している。その中でも今や先人の1人になった(もちろん、平野の前にも時短の先駆者はいる)平野は、大御所らしく新しい技を披露している。

 今や自炊術としても定番になりつつある、麺類をソースまたは汁と一緒に加熱するレシピがある。通常パスタ料理は、パスタだけを茹でておき、最後にソースが入ったフライパンに火をつけ、パスタを加えて絡める。その結果、パスタは適度に表面が固まる。しかし、ひと鍋で調理を完結させる時短レシピでは、パスタを半分に折ってソースに入れ、フライパンで煮る。すると、パスタの表面を焼き固めることなく水分を吸わせるのでモチモチした食感になり、別物の味わいになる。それが好きかどうかは評価が分かれそうだが、私が知る限り、そうしたレシピにはあまり、パスタの食感が通常と違うことが記されていない。

 平野は同書で、あえてその食感を強調し「すいとりパスタ」と命名している。しかも「すいとりパスタは、本当に便利なのよ!」と見出しをつける。水分を吸ったパスタについて「ほどよくもちもち感が出るから、びっくりのおいしさよ」と説明している。「いつものパスタ」を期待して作った人は、違和感を覚えるかもしれないが、こうした説明を読んでワンパンレシピで作った人は、新しいおいしさを発見するかもしれない。

 パスタをひと鍋で作る、冷凍うどんを丼に入れて電子レンジにかける、といったレシピはあるが、素麺のひと鍋料理はそういえば見たことがなかった。平野は、素麺もひと鍋で作るレシピを提案する。そして通常の素麺と異なる仕上がりを、やはり「そうめんは別ゆでしないのでとろみもついて一石二鳥」、ときちんと見出しで解説している。紹介されるレシピは「そうめん酸辣湯」「そうめん担々麺」のアレンジ料理である。