生活保護問題に活動の中心を置く弁護士に、あなたは、どのようなイメージを持っているだろうか? 多くの方は、「市民運動に支えられた、左翼的な運動家」といったイメージを抱いているのではないだろうか。
今回は、1970年代から生活保護問題に取り組む1人の弁護士を紹介したい。生活保護問題に取り組みはじめたきっかけは、何なのだろうか? 今も取り組み続けるモチベーションの源は、どこにあるのだろうか?
生活保護基準引き下げに
「審査請求」で立ち向かうことの意味
京都大学法学部1970年卒、同年厚生省に入省。1975年京都弁護士会に弁護士登録。以後、スモン訴訟、水俣病京都訴訟、薬害ヤコブ訴訟、原爆症認定訴訟などの多くの公害・薬害訴訟、社会保障訴訟を担当。また、生活保護訴訟をはじめ「貧困」問題についても、全国的な活動を行っている。現在、日弁連貧困問題対策本部副本部長、生活保護問題対策全国会議代表幹事、原爆症認定訴訟全国弁護団副団長。趣味の尺八は、都山流大師範。
主な著書:「改訂新版これが生活保護だ」(高菅出版)、「生存権」(同成社)、「生活保護『改革』ここが焦点だ!」(あけび書房)(いずれも共著)など。
2013年8月1日から、生活保護基準の引き下げが開始された。直接、この引き下げによって不利益を被るのは、生活保護当事者たちだ。大なり小なり、間接的に不利益を被る人々は、「不利益」の範囲をどう設定するかにもよるが、おそらくは日本人の大半である。しかし、声を上げる権利は、直接、不利益を被った人々にしかない。
早速、「審査請求」という形で行政不服申立てを行う当事者たちの動きがあり、さまざまな立場で支援する人々の動きがある。
弁護士の尾藤廣喜氏は、2007年に結成された「生活保護問題対策全国会議」の代表幹事として、この「生活保護基準引き下げにNO! 1万人審査請求運動」の動きを支えている。尾藤氏にとって、今回の「1万人審査請求運動」の意味は、どういうことなのだろうか?
「前例のない生活保護基準引き下げに対する、前例のない運動です。『1万人』という規模で審査請求を行うことに意味があります。もしかすると、1万人には達しないかもしれませんし、もしかすると、1万人以上になるかもしれませんが」(尾藤氏)
1万人といえば、生活保護を利用している当事者約215万人(2013年5月・厚労省調べ)の約0.5%だ。逆にいうと、生活保護当事者のわずか0.5%が声を上げただけで、1万人に達してしまう。生活保護も、貧困も、今のところは日本人のうち多数派の問題ではないかもしれない。しかし、ごく少数の人の問題ではなくなっている。
さて、審査請求は、公的に認められた行政不服申立ての手段の1つである。生活保護当事者に送付された基準引き下げの通知にも、当事者に審査請求の権利があることは明記されている。しかし、「公」を相手に行政不服申立てを行うことは、「お上を相手にコトを荒立てる」というイメージで見られがちだ。しかも、行政不服申立てを行う主体は、生活保護制度を利用している当事者である。「国のお金、私たちの税金で暮らしているくせに、つべこべ言うなんて」という反発は、ある程度は避けられないだろう。しかも審査請求は、おそらくは棄却され、その次は行政訴訟となる。「国を相手に戦う」ことそのものではないのだろうか?
「そこは、誤解の多いところです。今回の1万人審査請求運動も、『裁判で法的解決を目指す』と思われがちなのですが、そうではないんです。目的は、何が問題なのか国民的に理解を求めることであり、何が本質なのかを国民の方々に訴えることです。その視点を忘れないようにしなくては」(尾藤氏)
しかし、「物好きな市民運動家や、左派の一部弁護士がやっていること」という誤解は根強い。